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2024年01月01日(月) 10時31分 byひなぎく

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ご由緒
編集前
慶長九年(160年)神官新田氏の祖昌清という方が信州からこの地に移り住み、故郷の諏訪大社の御神徳をしのび御霊を分けて祀ったのがお社の起こりといいます。境内に傘を拡げたような枝振りの大きな赤松があって、お諏訪様の傘松と呼んで人々から親しまれていたが、惜しいことに昭和12年頃枯れてしまいました。
境内には、蚕影社・天神社・秋葉社・稲荷社の小祠があり、鮭神社が社殿内に祀られています。古老から伝えられた話では、昔は相模川にも鮭が上がってきて、新田宿の東を流れていた小川に鮭の姿を見たという。いつの時代かわからないが、鮭の豊漁を祈って鮭神社が生まれたものと思われます。
この外、境内に市の重要文化財に指定された修験道の開祖、役行者の記念碑とみられる「神変大菩薩」の碑が建っています。
(座間の語り伝えより)
編集後
慶長九年(1604年)神官新田氏の祖昌清という方が信州からこの地に移り住み、故郷の諏訪大社の御神徳をしのび御霊を分けて祀ったのがお社の起こりといいます。境内に傘を拡げたような枝振りの大きな赤松があって、お諏訪様の傘松と呼んで人々から親しまれていたが、惜しいことに昭和12年頃枯れてしまいました。
境内には、蚕影社・天神社・秋葉社・稲荷社の小祠があり、鮭神社が社殿内に祀られています。古老から伝えられた話では、昔は相模川にも鮭が上がってきて、新田宿の東を流れていた小川に鮭の姿を見たという。いつの時代かわからないが、鮭の豊漁を祈って鮭神社が生まれたものと思われます。
この外、境内に市の重要文化財に指定された修験道の開祖、役行者の記念碑とみられる「神変大菩薩」の碑が建っています。
(座間の語り伝えより)