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2025年04月02日(水) 18時36分 byひなぎく
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「風土記稿」によると、功雲寺(津久井町)の末寺で、山号を萬年山といい、薬師如来を本尊としています。 また、同書では鎌倉公方足利氏満が曇芳(どんぽう)を請じ、臨済宗建長寺宝珠庵の末寺として開いたことを伝えています。この曇芳は鎌倉の永安寺(廃寺)の開山でもあり、同じく鎌倉の円覚寺、建長寺を経て当寺の開山となっています。 永享2年(1430)、当寺は再建されその後、後北条氏の頃に当地の守護人松本式部少輔によって中興され、さらに平岡岡右衛門吉道と喚室宗応によって再度、中興されたと伝えられています。現在のように曹洞宗になったのは、この再中興の時のようです。また慶安2年(1649)には10石の朱印地が与えられています。なお、ここでも江戸時代には寺小屋が開かれています。 当寺には前述した足利氏満による応永3年(1396)の寄進状が残されています。これはすでに「風土記稿」にも紹介されていますが、現在する市内最古の文書でもあり、昭和50年に市指定重要文化財となっています。
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曇芳師(開山)
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曇芳師(開山) 足利氏満(開基)
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長松寺文書(市指定有形文化財 )