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熊野神社ではいただけません
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熊野神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年08月22日(火)
参拝:2016年8月吉日
過去(2016年<平成28年>)参拝時のものです。
世貫神社から帰り道の途中で、こちらの熊野神社に立ち寄りました。
曽於市観光協会が「幸運の財大吉神社巡り」として力を入れている神社でもあります。
この神社では「鬼追い」と呼ばれる行事があり、毎年1月7日の夜に行われています。
この行事は、熊野神社の近くにある光明寺の主宰で行なわれていた修二会に伴う仏教行事でした。
しかし、廃仏毀釈によりこの行事は無くなってしまい、しばらくの間は途絶えていた状態でした。
のちに、この付近に悪疫が流行したため行事を再開する運びになりましたが、光明寺が廃寺になったこともあり熊野神社がこれを受け継ぐ形で復活させることになりました。
現在は、境内の幻想的にライトアップされた竹林の中で鬼神太鼓の奉納演奏が行われ、その後、無数の御幣を身に纏った鬼が登場するという流れです。
鬼には25歳の厄男がなりますが、この鬼に鬼の手を持った「つけ(付添役)」というのが付きます。この鬼は招福除災の善鬼で、悪鬼のイメージがありません。
本来、節分では追われる立場の鬼がここでは歓迎されて、強烈なパワーで悪疫を退散させるのが熊野神社の鬼追いの特徴です。
鬼堂から鬼が飛び出すと、空砲、鐘太鼓が激しく鳴り響き鬼が参道を暴れまわります。
鬼の御幣を持ち帰ると1年間健康であると言われるのですが、そのためには、闇に紛れた鬼に鬼の手で叩かれるのを覚悟しなければなりません。
鬼が鬼堂に帰ってからは、神社で煎豆が善男善女に配られます。
旧村社で小さな神社ですが、歴史のある伝統行事も行われる地元にとっては大切な神社のようです。
ご祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、国常立命の三柱です。
神社内にある二体の仁王像は、光明寺から継承したもので現在に至っています。
無人のため、御朱印は頂けませんでした。
後から知りましたが、曽於市観光協会で御朱印を頂けるようです。
世貫神社から帰り道の途中で、こちらの熊野神社に立ち寄りました。
曽於市観光協会が「幸運の財大吉神社巡り」として力を入れている神社でもあります。
この神社では「鬼追い」と呼ばれる行事があり、毎年1月7日の夜に行われています。
この行事は、熊野神社の近くにある光明寺の主宰で行なわれていた修二会に伴う仏教行事でした。
しかし、廃仏毀釈によりこの行事は無くなってしまい、しばらくの間は途絶えていた状態でした。
のちに、この付近に悪疫が流行したため行事を再開する運びになりましたが、光明寺が廃寺になったこともあり熊野神社がこれを受け継ぐ形で復活させることになりました。
現在は、境内の幻想的にライトアップされた竹林の中で鬼神太鼓の奉納演奏が行われ、その後、無数の御幣を身に纏った鬼が登場するという流れです。
鬼には25歳の厄男がなりますが、この鬼に鬼の手を持った「つけ(付添役)」というのが付きます。この鬼は招福除災の善鬼で、悪鬼のイメージがありません。
本来、節分では追われる立場の鬼がここでは歓迎されて、強烈なパワーで悪疫を退散させるのが熊野神社の鬼追いの特徴です。
鬼堂から鬼が飛び出すと、空砲、鐘太鼓が激しく鳴り響き鬼が参道を暴れまわります。
鬼の御幣を持ち帰ると1年間健康であると言われるのですが、そのためには、闇に紛れた鬼に鬼の手で叩かれるのを覚悟しなければなりません。
鬼が鬼堂に帰ってからは、神社で煎豆が善男善女に配られます。
旧村社で小さな神社ですが、歴史のある伝統行事も行われる地元にとっては大切な神社のようです。
ご祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、国常立命の三柱です。
神社内にある二体の仁王像は、光明寺から継承したもので現在に至っています。
無人のため、御朱印は頂けませんでした。
後から知りましたが、曽於市観光協会で御朱印を頂けるようです。
すてき
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