みやどころはちまんぐう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方宮處八幡宮のお参りの記録一覧
絞り込み




【宮處八幡宮へ通う③三柱鳥居】
こちらの神社は知人に連れて来られて初めて存在を知りました
こんなところにこんな立派な八幡宮が…!😳と驚きましたが、
こんなところにこんな鳥居が…!!😳😳😳とさらにびっくり
三柱鳥居の存在を知り、神社の世界は奥深いなと思いました


"三鳥居由緒書
祭神木島天照御塊の社創建は推古天皇十ニ年
前獲王神養蚕神社天之御中主神を主とし奉り上は天津神下は地神に渉る学問の神であり祓いの神でもある
尚お他の地京都太秦には呉より漢織呉織を召し諸族と共に数多くの絹綾を勧請したのが此の社である三ッ鳥居
比の糺の池にあり四季湧水する池は身滌の行場
比の神池に手足を浸すと諸病平癒の俗信がある
此の組石は御祭神の神座宇宙の中心であり嵯峨天皇の御代に下鴨に遷してより之糺と云う
以上此の地に御郷還奉る
太秦の薬師の許へ行く麿をしきりに止むる木島の神 昭和五十四年八月 吉日"
京都市右京区太秦に鎮座する木島木島坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社、通称・蚕の社(やしろ)の元糺(もとあやす)の池に鎮座する三柱鳥居を模したもののようです
最後の俳句は、境内の東側に句碑があることから、地元の俳人香西照雄さんのものと思われます
中村草田男さんらと活躍された方だそうです😳


【宮處八幡宮に通う②歴史】
⛩️「宮處八幡宮」は、仁徳天皇の時代に中臣宮處(なかとみのみやどころ)氏の祖・中臣連大小臣命の子 ”静子臣” が、応神天皇の神霊を祀ったことに始まるそうです
奈良時代、中臣宮處連(むらじ) 東人(あずまびと)は"長屋王の変"の時、密告して貢献したとして財を得ます
しかし藤原氏による陰謀だったことがわかり、中臣宮處連東人は嘘の密告をしたとして斬殺されたそうです…

御由緒
仁徳天皇の御世、中臣宮處氏の祖、中臣連大小橋臣の子、静子臣、応紳天皇の御神霊を奉斎して宮所神社と奉称せるに始まる
旧くは当地を美也止古路と云い、郷名を宮虚と記せしなり。景光天皇の皇子、神櫛王の居住せられし処という。

観光地かと思うくらい立派な御本殿
密告の褒賞で築いた財で平安時代に立派な社殿を建立したのでしょうか
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ










