つばきはらてんまんぐう
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楽しみ方椿原天満宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年09月18日(木) 18時54分41秒
参拝:2025年9月吉日
石段周りが相当被害が大きいようです。金沢五社の筆頭格とも云われている古社ですが、能登半島地震の傷跡が痛々しく復興を願うばかりです。一向一揆の際には出城の役割を果たした椿原山砦、徳川の世になりその地に遷座してきたこちらの神社は、一向一揆の中心地であった尾山御坊の跡に築城された金沢城の鎮護の役割を果たすとはなんと因果なことか。金沢市街や金沢城を見下ろせるロケーションで且つ歴史的背景も興味をそそる神社でしたが、あいにくの天気と地震の傷跡で単純には楽しむことは出来ませんでした。

社号標

一の鳥居 この先の石段は通行禁止

手水舎

明和五年(1768)奉納の手水盤


石段

石段 心なしか歪んでいるように見えました

崩壊した吽形の狛犬

安政六年(1859)奉納の逆さ狛犬

燈籠

燈籠

由緒書

慶応四年(1868)奉納の燈籠


狼煙の松 椿原山砦時代、一向一揆の本拠地尾山御坊(現在の金沢城)に狼煙を挙げた場所とされる。石段からは金沢城の石川門が見える、はずだったがあいにくの天気で見えづ。晴れていたとしても私の目では見えなかったかもしれません


燈籠

平成八年(1996)寄進の菅原道真公石像


拝殿

扁額

椿原山砦跡 一向一揆の大将洲崎兵庫が陣屋を置いていた椿原山砦

鬱蒼とした木々で本殿はよく見えません


がっぱの神様 奥に文政十年(1827)奉納の燈籠 がっぱとは方言で子供の頭にできる湿疹のことである。がっぱができるとと親は子供を連れてお参りし、早く治るようにと祈ったという。


椿魂碑 ここは椿が多く地名の由来となったのだが、現在はあまり見かけなくなったようです

境内社鳥居


眷属の狐


境内社 稲荷神社
すてき
投稿者のプロフィール

サンダー2353投稿
2020年2月に九州旅行の折に熊本城へ行き、復興のつもりで始めました。そんな中、コロナウィルスが流行し100日参りをして病気平癒を願って参拝していましたが、さすがに外出できず途中で断念。 落ち...もっと読む
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