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2024年02月20日(火) 00時00分 byくし
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たけはらじんじゃ
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『正保二年(1645)に園部川上流の旧大谷村を中心に伝染病が流行し、その原因が「大谷村の牛頭天王が人を食うからだ」、との噂が広まった為、大谷村の人々は怒って牛頭天王の御神体である金幣を園部川に流してた。 そのご神体が流れ着いた竹原村では、神の怒りを恐れ、水中から金幣を引き上げた後に、洗い清め、焚火で温めて、乾かしてから祠を建ててお祀りした。』という創建伝説がある神社。 6月に開催される、60種1400株のアジサイが咲き誇る「アジサイ祭り」や、7月に行われる非常に珍しい様式の祇園祭「アワアワ祇園」など多くのイベントがある。 アワアワ祇園は、江戸時代に、川の水を手で神輿にかけ、手のひらを口にあて「アワアワ」と声をだしたことが由来。通り沿いの家々で燃やされる麦藁を、神輿を担ぐ男たちが踏み消していく様は、熱気や迫力に満ちており、是非実際に見てほしい。 (小美玉市観光協会HPより) 【その他沿革】 天保8(1837)年に一ノ矢八坂神社(つくば市)より牛頭天王を鎮斎。 明治2(1869)年に神仏分離のため八坂神社と改称。 明治6(1875)年に鹿島神社を合併して竹原神社と改称 さらに大正4年に村内無格社の孝謙天皇宮を合併となってきるが,孝謙天皇宮は南西約400メートルに今も鎮座してきるので,後に戻されたか、また境外摂社となっていると思われる。 また孝謙天皇宮の伝説に出てくる、岩窟権現古墳から出土し、粗末にした村人に祟りを及ぼしたという、道鏡が孝謙天皇から拝領したと伝わる、鏡・玉・剱は当社に納められている。
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《主》武甕槌命,素盞嗚命
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《主》素盞嗚命・武甕槌命
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http://omitan.net/tourism/takehara-jinja.html
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上流の村で忌避された牛頭天王を、下流の村が拾い、神の怒りを恐れて祀ったというユニークな神社縁起を持つ。 この縁起に因むと思われる「アワアワ祇園」なる奇祭が7月に行われる。
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正保二年(1645年)
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竹原の人々
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6月 アジサイ祭り 7月 アワアワ祇園
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牛頭天王の金幣