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2024年01月18日(木) 23時51分 byくし
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ほくとじ
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推古天皇の時代(西暦594年頃)、周防国(すおうのくに)青柳の浦(現在の山口県下松市(くだまつし))の松樹に北辰尊星(ほくしんそんしょう)が降臨し、七日七夜輝いて大内氏の祖といわれる百済の琳聖(りんしょう)太子の来朝を守護しました。 この琳聖太子が妙見菩薩の尊像並びに霊符の曼荼羅、星供十二の巻物、八卦(はっけ)の香炉具、その他霊宝などを帝に上進したところ、帝は代々星供を行わせるようになったということです。 その後、琳聖太子は茨城を訪れ、栗原の台に妙見菩薩をお祀りしたのが北斗寺の基になりました。 嵯峨天皇の時代(西暦821年)、時の名僧、最仙上人が勅命を受けて講導師として国分寺に住んでいた時、北辰霊府の秘法を修するため、小田の郷に勝地を求めて寺院を築きました。 そして、妙見菩薩を安置して天下泰平万民豊楽の行法を勤修し、上人自らが彫刻した薬師如来を本地仏とし、七宝山医王院北斗寺と名付けました。 戦国時代に戦火から逃れるために土浦市藤沢や田土部に移ったあと、1659年(万治2年)に現在の場所に建立されました。 現在の妙見堂は、1703年(元禄16年)に再建されたものです。 (寺院HPより引用 源義家に関する伝説等、一部を割愛)
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《本尊》薬師如来 《妙見堂》妙見菩薩
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https://hokutoji.com/
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あり、境内
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七宝山
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医王院
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弘仁十二年(821年)
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最仙上人
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旧暦1月7日 星祭り(妙見尊大祭) 旧暦7月7日 大般若会 8月12日 施餓鬼