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わしじんじゃ

鷲神社の編集履歴
2024年06月15日(土)
茨城県 水戸駅

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えぶ
2024年06月15日 15時06分

ご由緒

千波湖岸高台に鷲下の地名があり,平安時代後期に,拂沢集落の氏神として創建されたものと推察される。その後,光圀の城下整備策により笠原への集落移住を命ぜられ,本神社も共に遷座された。当時の笠原は千古斧も入らぬ森林だったが,住民の努力により豊穣の地となり,開墾地は拂沢新田と命名された。天保6年,斉昭の命により千波村に合併され,この地は富澤坪十一軒坪と称され,本神社はその地の鎮守となった。明治3年,本神社は明治政府の宗教政策により,千波村の鎮守子安神社境内に遷されたが,鷲神社氏子による復社の請願が承認され明治14年現在地に遷座された。明治38年3月笠原官林に発した大火により社殿は類焼し,仮宮の状態が続いたが,昭和2年社殿を改築した。その後70余年を経て社殿修理の時期を迎え,氏子一同は,茨城県庁移転に伴う用地買収補償を主財源として,平成10年11月に現社殿の改築した。

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