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2023年06月15日(木) 08時18分 by飛熊z

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韓國神社(からくにじんじゃ、韓国神社)は、兵庫県豊岡市飯谷にある神社。山陰本線の城崎温泉駅の南東約3.3キロ、円山川を渡り、その東岸。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「物部神社(但馬国・城崎郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

韓国の諸国が朝鮮族の南進によって朝貢しなくなり、大売布命の末裔、物部多遅麻連真鳥が第25代武烈天皇の勅により韓国に遣わされ、平定した。

この功により、真鳥は物部韓国連(からくにのむらじ)を賜った。その子が榛麿で、第29代欽明天皇25年(564年)、城崎郡司となった。

古名を墾谷、針谷、榛谷ともいった飯谷に居住し、父である物部韓国連を祀ったのが当社の起源。御祭神は物部韓国連命(真鳥)である。

榛麿以降、しばらく世襲で城崎郡司となった。榛麿の子が神津主であり、現在は重浪神社で祀られている。

その子が久々比(鵠)であり、久々比神社の御祭神。久々比神社と言えば、コウノトリ。当社もその繁殖地である戸島湿地帯に近い。

同じく榛麿の子で、多遅麻の校尉に格麿がいる。格麿は大石宿禰を賜り、以後大石とした。格麿の子が三原麿で、城崎郡の軍団大将である大領を務めた、鏡神社の御祭神。

当社はもとは飯谷川の上流、通称「森さん」と呼ばれる場所に鎮座したが、その後、現在地から700メートル奥の宮ノ下へ遷座した。

明治以前は、「韓国」の名に引かれたのか、震旦国大明神とも通称された。御祭神も素盞嗚尊とされたこともあった。

明治になり、なぜか式内社名ではなく、現社号となり、村社に列した。明治42年(1909年)11月29日、社殿が焼失したが、大正元年(1912年)には再建された。

昭和2年(1927年)3月7日、奥丹後震災による山崩れで社殿が全壊、現在のシケ谷へ移転・新築された。例祭は10月15日。
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