こうだにさんじみょういん|高野山真言宗/御流神道|神谷山
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神谷山持明院の御由緒・歴史
歴史詳細情報
神谷山持明院の由緒
詳細な寺歴は定かではありませんが、江戸期に編纂された『古義真言宗本末帳』に「神谷山禅瀧寺之中九宇末寺一宇」の筆頭として「禅瀧寺之中持明院末寺二宇」と記載されています。
真言宗播磨中学林
明治期には17代目住職、瀧見常上人によって真言宗播磨中学林が設けられました。
その中には後に金剛峯寺座主や、大覚寺門跡を務められた方もおられます。
中世の武将、依藤太郎左衛門の菩提寺
平安末に東条谷の地頭職に任ぜられ小沢城の城主となった依藤豊李の子孫、依藤太郎左衛門より代々の本拠地の菩提寺として現在に至っています。
当院の石垣は依藤太郎左衛門の子孫の寄進によって小沢城の石垣を移築したものです。
他にも禅瀧寺の山門の寄進や、神谷稲荷明神社の創建など非常に深い関係を保っております。
ご本尊 | 阿弥陀如来三尊/宇迦之御魂神(鎮守神) | |
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創建時代 | 大化年中【西暦645年頃】(禅瀧寺創建) | |
開山・開基 | 法道仙人開山/瀧見常上人中興 | |
ご由緒 | URL先に纏めてありますので御覧ください。
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