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じゅうりんじ|浄土宗西山禅林寺派

十輪寺の御由緒・歴史
兵庫県 高砂駅

ご本尊阿弥陀如来
ご由緒

嵯峨帝弘仁六年(815)弘法大師中国渡航に際し海上安全を地蔵菩薩に祈願、この沖播磨灘にて霊感を受けられ無事祈願成就、帰朝後地蔵十輪経の趣旨にのっとり鎮護国家や内海航行安全の祈願所として他の七ヶ寺(薬仙寺・延命寺・極楽寺・西福寺・松楽寺・観音寺・耒迎寺、現在は四ヶ寺)と共に創設された。

歴史
歴史[編集] 伝承によれば、815年(弘仁6年)空海が唐から帰国した後に、「地蔵十輪経」に基づき、勅を奉じて、鎮護国家の祈祷書として、地蔵山十輪寺と号して作られた真言宗の寺院であった。しかし1207年(建永2年)法然が地元の民に教えを広めたことから、法然の弟子の信寂房が、法然を再興の祖として浄土宗の寺院になった。その後、法然が自賛した掛け軸「宝瓶の御影」が寄贈され以来、宝瓶山と山号を改めたが、正確な時点については諸説ある。 応仁の乱から戦国時代にかけては、十輪寺も大きな被害を受けたと考えられる。江戸時代初期には京都所司代を務めた板倉勝重の帰依を得、寺領を寄進されている。17世紀後半には宗...Wikipediaで続きを読む
引用元情報十輪寺 (高砂市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%8D%81%E8%BC%AA%E5%AF%BA%20%28%E9%AB%98%E7%A0%82%E5%B8%82%29&oldid=97847681

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