(福原西国三十三所観音13番札所)
長谷神社の北にあります。別名「長田の薬師」と呼ばれています。
長田神社にあった薬師如来を明治時代の神仏分離の影響で福聚寺の薬師堂に移されたとのことです。
また、将軍足利義輝を松永久秀と協力して殺害したが、三好と松永の勢力争いとなり三好方は兵庫に上陸し松永方の滝山城を攻撃した際に福聚寺は焼かれたしまったそうですが、慶長年間(1596-1614)に再建したのだとか。
源平と比較すると、少し時代は新しいですが、それでも歴史あるお寺です。
夕方なのと雨なのとで本堂は閉まっていましたが、御朱印は頂戴できました。