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今伊勢内宮外宮のお参りの記録一覧

豊鍬入姫命さまが天照大神さまの鎮座地を探して滞在した「吉備名方濱宮」に比定される元伊勢の一つです。和歌山と奈良近辺を巡っていた豊鍬入姫命さまでしたがここから唐突に吉備国へ逗留地を変えています。当社は6つある比定社の中でも最も西側に鎮座しており、地名の「神村」は天照大神さまが鎮まったとされる当社に由来します。
《一の鳥居》
神社境内の道向かいにあり、その前に駐車ができます。
《境内入り口》
途中で国道2号線と山陽本線の線路が走っています。
《注連柱と社号碑》
明治の近代社格制度では県社に列格していました。
《二の鳥居》
こちらは伊勢鳥居です。
《手水舎》
蛇口式です。洗ひつるここも…(略)
《外宮》
注連柱のすぐ左手に鎮座しています。正面はガラス張りで近代的な造りをしています。
《恵比須神社》
外宮のすぐ横に鎮座しています。一応注連縄がかかっているところが拝所かな?
《天神社》
《大石》
太めのしめ縄が巻かれ小さな池の中にあります。何か力を感じますね。
《由緒書き》
👁チェックポイント‼️
こちらの創建としては応永三十三年(1426年)に平朝臣太夫末次という人が伊勢参宮の帰りに拾った青目石から西国で祀るようお告げを受け、当社で一歩も動かなくなったことから社殿を造営したとあります。なので創建自体は元伊勢とされながらも浅く感じますが、この鏡山で留まったこと、そして鏡山時代に天照大神さまの八咫鏡を奉斎したことに由来すのを根拠にしていると思われます。
《表参道》
当社は天照大神さまの御神体である鏡を祀ったことから鏡山と呼ばれています。
《竈神社》
山陽地域では自然信仰系の荒神さんが多く祀られていますが、こちらは三宝荒神さまを祀る神社です。
《拝殿》🙏
ちなみにですが当社の再建依頼を荒木田平末次という神主が藩主に依頼していますが、こちらの荒木田家は伊勢の神宮内宮で禰宜職を世襲していた一族で、そこからの再建依頼が出てくるあたり、やはり神宮からも特別な神社として見られていたのかもしれませんね。
《本殿》
あっ…眩しい!天照大神さまが見守っておられるようです。
《壺》
なんか高そう…なんでこんなところに。
《多賀宮入り口》
内宮の本殿後ろにあります。
《多賀宮社殿》
ただみなさんご存知だと思いますが、伊勢の神宮においては多賀宮は内宮ではなく外宮の別宮とされています。なぜこちらでより奥に祀られているのか…
《末社群》
それぞれ風宮…外宮別宮、伊雜宮…内宮別宮、伊蘇宮…内宮元伊勢の一つという立ち位置です。
《社務所》
近所の神村八幡神社さんが兼務しており、例祭日のみ開所するようです。
《忠魂碑》
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