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2026年05月26日(火) 13時19分 byくし
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「広報おうら」に、邑楽町狸塚と邑楽町篠塚の境界付近に地蔵堂があるとの情報を得て探索してみた結果、見つかった堂宇。 ただし立地条件は一致しているのだが、堂の外観が広報に載っているものと大きく異なり、堂内に地蔵菩薩も見られなかった。 以下は広報に載っていた由緒を記す。 ―――――――――― 【十三軒の地蔵様】 200年ほど前、十三軒辺り一帯に流行病が大発生して、子供や老人が次々と倒れました。 十三軒、焼立の人たちは寄り合って相談し、仏様におすがりして疫病を防ごうと、篠塚村境に地蔵様を建てて村中無病息災をお願いすることにしました。 こうして安永九年(1780年)8月、狸塚村焼立十三間講中(信仰者)によって、地蔵様が建立されました。 それからは疫病も災難もなくなりました。地蔵様には焼立・十三間の記銘がありますが、この十三軒は当時、名主の家が十三間あったので、これを取って焼立十三間としたといわれています。 それから歳月も流れて人家も十三軒に増えました。その頃から土地の呼び名を十三軒・焼立と呼ぶようになったといいます。 村人は地蔵様に感謝し、現在は毎年4月24日、7月24日、10月24日に地蔵祭りを続けています。 昔は祭りの日に耕地中が沸き、前と後ろ二人がかりで棒に吊るした太鼓を担ぎ、みんながこれを叩いて村中を回って、無病息災・村中安泰を盛大に祈願しました。 今もなお土地の人々に信仰されています。
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「広報おうら」の情報をもとに探索した地蔵堂だが、記載されていたものと同一であるかは不明
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200年前(1800年代?)
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十三軒講中