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2026年05月26日(火) 22時35分 byくし

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ご由緒
編集前
資料が見つからず詳細不明。
十三軒集落センターの隅にある小さな地蔵堂。
それにも関わらず、4月・7月・10月と年3回も法要があるとの民俗資料が見つかったが、さらに詳しく調べたところ、単に地域の人が二人一組の輪番制で祠の清掃を行っているだけらしい。
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【十三軒の云われ】
狸塚のこの辺りは「十三軒」という小字で呼ばれている。
昔、集落の南面を東西に走る旧道に面して名主の屋敷があり、この家の門口が十三間あった、名主が影響力を及ぼせる家が十三軒あった、あるいは単純に集落の戸数が十三軒であったためである等と伝わる。
編集後
「広報おうら」の平成28年の記事より、邑楽町狸塚水立と篠塚十三軒の境界付近に地蔵堂があるとの情報を得て探してみたが見つけることができなかった。
しかしこの十三軒集落センターに安置されている地蔵菩薩が像容が一致するため、移転したものではないかと思われる。
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【十三軒の地蔵様】
200年ほど前、十三軒辺り一帯に流行病が大発生して、子供や老人が次々と倒れました。
十三軒、焼立の人たちは寄り合って相談し、仏様におすがりして疫病を防ごうと、篠塚村境に地蔵様を建てて村中無病息災をお願いすることにしました。
こうして安永九年(1780年)8月、狸塚村焼立十三間講中(信仰者)によって、地蔵様が建立されました。
それからは疫病も災難もなくなりました。地蔵様には焼立・十三間の記銘がありますが、この十三軒は当時、名主の家が十三間あったので、これを取って焼立十三間としたといわれています。
それから歳月も流れて人家も十三軒に増えました。その頃から土地の呼び名を十三軒・焼立と呼ぶようになったといいます。
村人は地蔵様に感謝し、現在は毎年4月24日、7月24日、10月24日に地蔵祭りを続けています。
昔は祭りの日に耕地中が沸き、前と後ろ二人がかりで棒に吊るした太鼓を担ぎ、みんながこれを叩いて村中を回って、無病息災・村中安泰を盛大に祈願しました。
今もなお土地の人々に信仰されています。
見所
編集後
かつて疫病封じのために、篠塚焼立と狸塚十三軒の境界付近に建てられた地蔵堂
ここ10年の間にここに移されたものと思われる
創立
編集前
不詳
編集後
安永九年(1780年)8月
創始者/開山・開基
編集前
不詳
編集後
焼立十三軒講中