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2026年05月16日(土) 20時17分 byくし

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ご由緒
編集前
松本1号墳の墳丘上に鎮座。
墳丘の一部は富士塚にされており、富士講関係の神社や石神が建つ。
この神社自体の由緒は不明だが、石打地区全体の神社の総評として、以下のような興味深い話が伝わっている。
【合祀を拒んだ石打の神々】
大正末から昭和初期にかけて、石打には神社がたくさんあるので合祀しようという声が上がり、相談が始まった。
ところがその年の夏、石打に伝染病が蔓延し死人が出る騒ぎになり、合祀の話は立ち消えとなった。
そのため石打では元旦祭を初め、2月に社氏稲荷の初午祭り、4月に菅原神社・八王子神社・諏訪神社の春祭り、7月に八坂神社の祇園夏祭り、10月に菅原神社・八王子神社の秋祭りと、神社ごとに祭礼を行っている。
他に、石打には屋敷稲荷とは別に何々家の神様というのがあり、石打では大小数えると神社が9社前後もある。(おそらく地区や村単位ではなく、家筋ごとに鎮守社が決まっているという意味だと思われる)
合祀の話はそのままとなり、今でも昔のままに村祭りを行っている。
――――――――――
前述のように、石打地区の神社は複雑な祭祀形態となっており、ここ菅原神社では10月18日に秋祭り(4年に1度実施)があるが、これとは別に1月1日に元旦祭と、4月25日に春祭りがあるらしい。
内容は、年番制で耕地(地区もしくは家筋という意味か?)が担当。こちらは毎年実施。
神主の祝詞奏上、役員による玉串奉納。その後に飲食を行うというものらしい。
編集後
松本1号墳の墳丘上に鎮座。
墳丘の一部は富士塚にされており、富士講関係の神祠や石神が多い。
菅原神社自体の由緒・創建年代は不明。
浅間神社も創建年代は不明だが、明治十三年(1880年)と、昭和十二年(1937年)に二度再建されているらしい。
――――――――――
【合祀を拒んだ石打の神々】
大正末から昭和初期にかけて、石打には神社がたくさんあるので合祀しようという声が上がり、相談が始まった。
ところがその年の夏、石打に伝染病が蔓延し死人が出る騒ぎになり、合祀の話は立ち消えとなった。
そのため石打では元旦祭を初め、2月に社氏稲荷の初午祭り、4月に菅原神社・八王子神社・諏訪神社の春祭り、7月に八坂神社の祇園夏祭り、10月に菅原神社・八王子神社の秋祭りと、神社ごとに祭礼を行っている。
他に、石打には屋敷稲荷とは別に何々家の神様というのがあり、石打では大小数えると神社が9社前後もある。(おそらく地区や村単位ではなく、家筋ごとに鎮守社が決まっているという意味だと思われる)
合祀の話はそのままとなり、今でも昔のままに村祭りを行っている。
――――――――――
【菅原神社の祭祀】
1月1日に元旦祭と、4月25日に春祭り。
年番制で耕地(地区もしくは家筋?)が担当。
内容は神主の祝詞奏上、役員による玉串奉納。その後に直会(飲食会)とのことなので、おそらくこれは氏子のみの寄合い的な祭り。
それとは別に4年に1度、10月18日に秋祭りがあるらしい。
こちらは開催間隔などを考えると、規模は不明だが一般的な祭りではないかと思われる。
見所
編集前
松本1号墳の墳丘上に立つ。
石打の神様は合祀を嫌がったので、地区内に多くの単独神社が現存。
編集後
松本1号墳の墳丘上に立つ。
合祀を拒んだ石打の神々の一社
駐車場
編集前
横の石打公民館の駐車場が利用可。
比較的交通量の多い、国道122号線沿いの交差点にあるので注意。
編集後
横の石打公民館の駐車場が利用可。
ただし交通量の多い国道122号線沿いの交差点にあるので出入り注意。