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2025年01月30日(木) 03時21分 byくし

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ご由緒
編集前
弘治二年(1556年)得之髓和尚を開山。開基は藤川城主小林義知の子・高正で、その名をとって寺号としている。。
慶安二年(1649年)伝国正的大和尚が中興開山。
文政五年(1822年)十二月二十五日火災に遭い諸堂は灰燼に帰す。
大正元年(1912年)庫裏内部を改造して本堂兼用としていた。
昭和二十二年(1947年)七月二十九日落雷により全焼、その時に持ち出せたものは大鏧子と過去帳だけであった。
昭和四十九年(1974年)十月本堂ならびに庫裏を新築し現在に至っている。

【藤川城】
古河公方に仕えた小泉城の富岡氏が、佐野氏を牽制するために築城。
藤川城の城主となった小林河内守は富岡氏の一族。
高正寺の西側がかつての城跡で水堀・土塁などの遺構が点在。
編集後
弘治二年(1556年)得之髓和尚を開山。開基は藤川城主小林義知の子・高正で、その名をとって寺号としている。。
慶安二年(1649年)伝国正的大和尚が中興開山。
文政五年(1822年)十二月二十五日火災に遭い諸堂は灰燼に帰す。
大正元年(1912年)庫裏内部を改造して本堂兼用としていた。
昭和二十二年(1947年)七月二十九日落雷により全焼、その時に持ち出せたものは大鏧子と過去帳だけであった。
昭和四十九年(1974年)十月本堂ならびに庫裏を新築し現在に至っている。

【藤川城】
古河公方に仕えた小泉城の富岡氏が、佐野氏を牽制するために築城。
藤川城の城主となった小林河内守は富岡氏の一族。
高正寺の西側一帯がかつての城跡で水堀・土塁などの遺構が点在。