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2026年03月29日(日) 02時59分 byくし

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緯度
編集前
36.237441
編集後
36.237434
経度
編集前
139.469225
編集後
139.469229
ふりがな
編集後
こうげんじ
ご由緒
編集後
高源寺は寛文四年(1664年) 茂林寺十五世 洞岩正廓和尚の開山。
元禄十二年(1699年)心安和尚が中興、伽藍を整備している。
安政元年(1854)と明治元年(1868年)11月20日に火災に遭う。特に明治の火災は激しく、庫裏より出火し全焼。この際に寺宝や過去帳をはじめ古記録を焼失し、古い時代のことがよく解らなくなってしまったという。
現在の本堂は平成八年(1996年)の建立。
――――――――――
【もう一つの分福茶釜伝説】
このお寺の開山は、茂林寺十五世の洞岩正廓和尚ではなく、実は開祖の守鶴和尚だったという伝承があり、茂林寺とはやや異なる分福茶釜伝説が伝っている。
高源寺の守鶴という和尚は、村人が葬式を頼みに来ると「それは何処の誰々じゃな?」と、なぜかいつもすでに知っていました。
驚いた村人が、どうしてそんなことがわかるのかと訪ねると「亡くなった人が自分でお寺の庫裏の戸を叩いて知らせに来るのだ」などと奇怪なことを言います。 さらに「お寺に来るときは絶対に犬を連れて来ないでくれ」と妙なことも言うのでした。
ある日の昼下がり、村人がまた葬式の知らせに寺に来ると、守鶴和尚は縁側で気持ちよく昼寝をしておりました。 しかし村人がよく見ると、なんと衣から毛だらけの手足と尻尾が出ているではありませんか。驚いた村人は人々に知らせ、犬を連れて寺に戻りました。
犬に激しく吠え立てられて飛び起きた守鶴和尚は、狸の正体を現し、愛用の茶釜を被って茂林寺の方に逃げて行きました。その時慌てて茶釜の蓋を落としていってしまったそうです。
今でも高源寺には、その蓋がどこかにあるはずだと伝えられています。
――――――――――
【高源寺と蓮蔵院】
江戸末期には、狸塚にはもう一つ蓮蔵院という真言宗の寺院があり、高源寺は高台にあるので上の寺、蓮蔵院は下の寺と呼ばれていた。
蓮蔵院は故あって廃寺になってしまったが、その時、高源寺の檀家の人たちが、蓮蔵院の本尊だった阿弥陀如来と阿弥陀堂だけを残し、建物をはじめ仏像仏具一式を高源寺に運び込んでしまったそうな。
ご祭神/ご本尊
編集後
《本尊》釈迦牟尼仏
《霊場本尊》毘沙門天
《諸尊》阿吽の狸
見所
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狸塚という地名のごとく、阿吽のお狸様が出迎えるお寺
茂林寺とはやや異なる分福茶釜伝説が伝わる
Introduction
山号
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薬王山
創立
編集前
寛文二年(1662年)
編集後
寛文四年(1664年)
中興の祖
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心安和尚
Restored time
編集後
元禄十二年(1699年)
社格