御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

編集詳細

2026年05月04日(月) 02時14分 byくし

履歴一覧へ戻る
ご由緒
編集前
寛永十四年(1637年)、松沢織部の開基である。
織部は当地の開拓者で、寺を創建するために紀伊国伊都郡(現・和歌山県伊都郡高野町)の高野山金剛峯寺に赴き、龍光院澄栄法印に直々に会い、末寺にしてくれるように頼んだという。
天保五年(1834年)に火災に遭ったが間もなく再建されている。
現在の本堂は平成二十七年(2015年)に新築されたものである。
編集後
寛永十四年(1637年)、松沢織部の開基である。
織部は当地の開拓者で、寺を創建するために紀伊国伊都郡(現・和歌山県伊都郡高野町)の高野山金剛峯寺に赴き、龍光院澄栄法印に直々に会い、末寺にしてくれるように頼んだという。
天保五年(1834年)に火災に遭ったが間もなく再建されている。
現在の本堂は平成二十七年(2015年)に新築されたものである。
――――――――――
【松沢織部】
江戸時代、当地にあった萱野村(現千代田町東部と館林市の一部)の名主であった。
寛永年中(1624~1644) 当時、荒れ地であった村北部の新田開発を館林藩に願い出、農民を招いて開墾。
寛永九年(1632) 新たに開発した村の一部を分離し野辺村とした。
龍福寺の建立はそのわずか5年後のため、開拓されたばかりでまだ寺院のなかった野辺村の拠り所とするために建てたのではないかと思われる。