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2026年05月03日(日) 00時18分 byくし
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高源寺と国道354号線を挟んだ向かい側にある、JA邑楽館林 あぐり西邑楽店の西北隅にある小さな石祠。 「狸塚」の地名縁起説話は、高源寺の守鶴和尚のようにやはりタヌキに纏わるものが多いが、この石宮にはタヌキとは全く関係がない説話も伝わっている。 昔、狸塚には、足利から上五箇の渡を通って武蔵の国に通じる街道があった。 ある年、京の都から旅をしてきた貴人が狸塚に差し掛かったが、長旅で疲れはてて倒れてしまった。 村人は気の毒に思い丁寧に介抱したが、旅人の病気はよくならず、ついには亡くなってしまった。 村人は村の高台に立派な塚を作って埋葬し、貴い人の塚なので「貴の塚(むちのつか)」と呼んだ。 「貴(むち)」とは、神や貴い人を敬って呼ぶ古代の名詞であるという(例えば大己貴命(おおなむち)など) やがて「むちのつか」が訛って「むちなつか」となり、最後は「むぢなづか」となった。 やがて村人は、その人を貴ノ宮(木ノ宮)という神として高源寺の一番高い所に祀った。 現代になり、国道354号線の開削で、貴ノ宮は現在の場所に移されたのだという。
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高源寺と国道354号線を挟んだ向かい側にある、JA邑楽館林 あぐり西邑楽店の西北隅にある小さな石祠。 「狸塚」の地名縁起説話は、高源寺の守鶴和尚のようにやはりタヌキに纏わるものが多いが、この石宮にはタヌキとは全く関係がない説話も伝わっている。 昔、狸塚には、足利から上五箇の渡を通って武蔵の国に通じる街道があった。 ある年、京の都から旅をしてきた貴人が狸塚に差し掛かったが、長旅で疲れはてて倒れてしまった。 村人は気の毒に思い丁寧に介抱したが、旅人の病気はよくならず、ついには亡くなってしまった。 村人は村の高台に立派な塚を作って埋葬し、貴い人の塚なので「貴の塚(むちのつか)」と呼んだ。 「貴(むち)」とは、神や貴い人を敬って呼ぶ古代の名詞であるという(例えば大己貴命(おおなむち)など) やがて「むちのつか」が訛って「むちなつか」となり、最後は「むぢなづか」となった。 やがて村人は、その人を貴ノ宮(木ノ宮)という神として高源寺の一番高い所に祀った。 現代になり、国道354号線の開削で、貴ノ宮は現在の場所に移されたのだという。 ―――――――――― ※なお、広報おうらの記事によると、長柄神社の祭神 事代主命(恵比寿)との関連で、当社には大己貴命(大黒)が祀られているとなっていた。 これは明治の神仏判然令で、もともと高源寺に祀られていた神仏習合色の強い神である貴ノ宮に、社名や伝承から大己貴命を充てたものと思われる
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《主》京都の貴人
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《主》京都の貴人(大己貴命)