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2026年03月29日(日) 14時35分 byくし

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ご由緒
編集前
資料が見つからず詳細不明。本郷江原集落センターの脇に建つ。
創建年代は境内の庚申塔から推測。
4月下旬に狸塚全域、10月下旬に字江原地区のみの縁日があり、高源寺世話人のほか各地区当番制で2~3名が線香をあげ、礼拝、祈祷をする。その後会食をして一般参詣人の来所者に敬意を表す。
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この堂宇に立つ青面金剛を浮き彫りにした板碑型庚申塔は、邑楽町最古のものといわれている。
延宝4年(1676年)10月、かつて狸塚村にあった蓮蔵院(廃寺)と光源寺(現 高源寺)の2人の住職が建立したもの。
本来、庚申塔はその土地の庚申講の人々が供養のために建立するものだが、熱心な講をとおしての強い絆に感服し、敬意を込めていち早く村内寺院から贈られたものと思われる。
(広報おうらより)
編集後
資料が見つからず詳細不明。本郷江原集落センターの脇に建つ。
創建年代は境内の庚申塔から推測。
4月下旬に狸塚全域、10月下旬に字江原地区のみの縁日があり、高源寺世話人のほか各地区当番制で2~3名が線香をあげ、礼拝、祈祷をする。その後会食をして一般参詣人の来所者に敬意を表す。
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【青面金剛板碑】
この堂宇に立つ青面金剛を浮き彫りにした板碑型庚申塔は、邑楽町最古のものといわれている。
延宝4年(1676年)10月、かつて狸塚村にあった蓮蔵院(廃寺)と光源寺(現 高源寺)の2人の住職が建立したもの。
本来、庚申塔はその土地の庚申講の人々が供養のために建立するものだが、熱心な講をとおしての強い絆に感服し、敬意を込めていち早く村内寺院から贈られたものと思われる。
(広報おうらより)