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2026年03月28日(土) 20時59分 byくし

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ご由緒
編集前
文明二年(1470)この地の鎮守様として瀬戸井の長良神社(千代田町)から分霊を勧請し創建。
享保十二年(1727)正一位長良大明神の宗源宣旨を賜る。
享保十三年(1728)安政二年(1855)に社殿改築。
明治四十二年(1909)村内高挌社、琴平宮・愛宕神社を合併。大正四年(1915)神饌幣白料供進社に指定。
狸塚の鎮守様として崇敬されてきたが、太平洋戦争後社殿は老朽化荒廃していたため、昭和四十三年(1968)明治祭100年記念事業として社殿を新築し社務所を改築する。

【井河大明神】
摂末社の一社に「井河大明神」と彫られた石祠がある。これは当地の人々が館林藩主・井上河内守正春の善政に感謝し造立したもの。
天保七年(1836)に館林藩主となった正春がお忍びで城下を見廻ったところ、老夫婦を先頭に女たちが荒れ地を切り開いている光景に出くわした。正春が名主に「なぜ男たちはいないのか」と尋ねると、「この村には荒れ地が多く、しかも凶作続きで男たちは出稼ぎに出ている」とのことだった。これを聞いた正春は弘化二年(1845)に浜松に転封となるまで狸塚村の年貢を減免した。
本来なら「井上大明神」とするところだが、新しい藩主への遠慮から「井河」とした。
編集後
文明二年(1470)この地の鎮守様として瀬戸井の長良神社(千代田町)から分霊を勧請し創建。
享保十二年(1727)正一位長良大明神の宗源宣旨を賜る。
享保十三年(1728)安政二年(1855)に社殿改築。
明治四十二年(1909)村内高挌社、琴平宮・愛宕神社を合併。大正四年(1915)神饌幣白料供進社に指定。
狸塚の鎮守様として崇敬されてきたが、太平洋戦争後社殿は老朽化荒廃していたため、昭和四十三年(1968)明治祭100年記念事業として社殿を新築し社務所を改築する。
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【井河大明神】
摂末社の一社に「井河大明神」と彫られた石祠がある。これは当地の人々が館林藩主・井上河内守正春の善政に感謝し造立したもの。
天保七年(1836)に館林藩主となった正春がお忍びで城下を見廻ったところ、老夫婦を先頭に女たちが荒れ地を切り開いている光景に出くわした。正春が名主に「なぜ男たちはいないのか」と尋ねると、「この村には荒れ地が多く、しかも凶作続きで男たちは出稼ぎに出ている」とのことだった。これを聞いた正春は弘化二年(1845)に浜松に転封となるまで狸塚村の年貢を減免した。
本来なら「井上大明神」とするところだが、新しい藩主への遠慮から「井河」とした。
ご祭神/ご本尊
編集前
《主》藤原長良
《合》琴平宮・愛宕神社
《摂末社》井河大明神・その他
編集後
《主》藤原長良
《合》琴平宮・愛宕神社
《摂末社》井河大明神・雷神社・山神社・秋葉神社・金毘羅大権現
行事
編集前
1月1日 元旦祭
4月15日 春季例祭
7月15日 夏祭
10月19日 秋季例祭
編集後
1月1日 元旦祭
3月中旬 愛宕神社祭
4月15日 春季例祭
7月15日 夏祭
10月19日 秋季例祭