御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方編集詳細
2024年02月06日(火) 22時10分 byくし
編集後
にしおかじんじゃ
編集後
赤城塚古墳
編集後
天慶7年(944年)3月、藤原秀郷の勧請と伝えられ、延宝4年(1676年)3月、館林宰相徳川綱吉が社殿を再建。 水神宮・神明宮・雷電神社・猿田彦神社・稲荷神社を合祀して西丘神社と改名されました。 境内には道祖神・湯殿神社・琴平神社・神鏡・由来碑等があります。 【三角縁仏獣鏡】 西丘神社に保存されているこの鏡は延宝年間(1673~1680年)に境内赤城塚古墳から農夫の手により発掘された。 出土品として他に剣、直刀の破片がある。 三角縁仏獣鏡は直径22.08センチメートル。縁の断面は三角形で、内側に2重の波紋帯を挟む鋸歯紋帯がある。さらにその内側には鳥獣紋帯があり、鈕をめぐり主な紋様帯がある。 図にあるように主紋帯には3体の仏像が表現されている。 仏像が描かれている鏡は現在全国で5種八面しかなくこの鏡と同じものは他にない。 仏像の1体は蓮華座に結跏趺座し、瓔珞を首にかけ、頭光と髭がある。両肩には火炎とみられる突起があり、禅定印を結んでいる。また左手に蓮華を持ち、髭のある菩薩風の立像も表現されている。 三角縁仏獣鏡は3世紀に中国の魏で製作されその後、日本に伝わったものと考えられている。 魏で製作されたものとするなら中国に伝来した仏教思想の影響、あるいは中国における民間宗教道教等との関係、さらに日中の関係を考察するうえで貴重な資料である。 赤城塚古墳の築造年代は4世紀~5世紀と推定されており、つまりこの鏡は「仏教伝来より前に伝わった仏像鏡」 出土以来「霊鏡」として「鏡陵皇太神」と命名され、西岡と西岡新田の鎮護神として人々の崇拝をうけ、現在に至っている。
編集前
《合》豊木入日子命,高木神,倉稲魂命,木花咲夜毘売命,猿田彦命,大雷神,菅原道真,《主》大穴牟遅命,《配》大日命
編集後
《主》大穴牟遅命・鏡陵皇太神 《配》大日命 《合》豊木入日子命・高木神・倉稲魂命・木花咲夜毘売命・猿田彦命・大雷神・菅原道真
編集後
赤城塚古墳の墳丘上にある神社。 古墳より出土した「仏教伝来以前に日本に伝わった仏像鏡」が御神体として伝わる。
編集後
神社前にある西岡農村公園の駐車場を利用 6台
編集後
天慶7年(944年)3月
編集後
藤原秀郷
編集後
赤城塚古墳 (板倉町指定史跡) 三角縁仏獣鏡 (群馬県指定重要文化財)
編集後
三角縁仏獣鏡(鏡陵皇太神)