御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

編集詳細

2026年03月28日(土) 15時26分 byくし

履歴一覧へ戻る
名前
編集前
嚴島神社(邑楽町石打)
編集後
嚴島神社・阿夫利神社
ふりがな
編集前
いつくしまじんじゃ
編集後
いつくしまじんじゃ・あふりじんじゃ
通称
編集前
辯天様
編集後
住谷崎辯天様・阿夫利様
ご由緒
編集前
民家裏に小社が二つ見え、このどちらかが厳島神社かと思われる。
――――――――――
この神社自体の由緒は不明だが、石打地区全体の神社の総評として、以下のような興味深い話が伝わっている。
【合祀を拒んだ石打の神々】
大正末から昭和初期にかけて、石打には神社がたくさんあるので合祀しようという声が上がり、相談が始まった。
ところがその年の夏、石打に伝染病が蔓延し死人が出る騒ぎになり、合祀の話は立ち消えとなった。
そのため石打では元旦祭を初め、2月に社氏稲荷の初午祭り、4月に菅原神社・八王子神社・諏訪神社の春祭り、7月に八坂神社の祇園夏祭り、10月に菅原神社・八王子神社の秋祭りと、神社ごとに祭礼を行っている。
また、石打では「何々家の神様」というのがあり、個人の屋敷神や屋敷稲荷とは別に特定の神社を守護神としており、町内よりさらに狭い範囲で小字や特定の家単位に氏子が分かれているらしい。
ここは石打地区でも、明言寺付近の小字である住谷崎という地区の鎮守様のようだ。
――――――――――
【住谷崎弁天様の祭祀】
御神酒・御供物を上げて、氏子が二拝二拍手一拝をする。
編集後
民家裏に、嚴島神社と阿夫利神社の小社がやや離して建てられている。
――――――――――
この神社自体の由緒は不明だが、石打地区全体の神社の総評として、以下のような興味深い話が伝わっている。
【合祀を拒んだ石打の神々】
大正末から昭和初期にかけて、石打には神社がたくさんあるので合祀しようという声が上がり、相談が始まった。
ところがその年の夏、石打に伝染病が蔓延し死人が出る騒ぎになり、合祀の話は立ち消えとなった。
そのため石打では元旦祭を初め、2月に社氏稲荷の初午祭り、4月に菅原神社・八王子神社・諏訪神社の春祭り、7月に八坂神社の祇園夏祭り、10月に菅原神社・八王子神社の秋祭りと、神社ごとに祭礼を行っている。
また、石打では「何々家の神様」というのがあり、個人の屋敷神や屋敷稲荷とは別に特定の神社を守護神としており、町内よりさらに狭い範囲で小字や特定の家単位に氏子が分かれているらしい。
ここは石打地区でも特に、明言寺付近の小字である住谷崎という地区の鎮守様のようだ。
――――――――――
【住谷崎弁天様の祭祀】
4月第1日曜日に行われ、初巳祭典と呼ぶ
御神酒・御供物を上げて、氏子が二拝二拍手一拝をする。
――――――――――
【阿夫利神社の祭祀】
7月第4日曜日に実施。
邑楽町周辺に広く伝わる大山阿夫利講の信仰で、現代では5ヶ所だけ残っている雨乞いの祭り。
御神酒、御供物を上げて、氏子全員で二礼二拍手する。その後、公民館で飲食を行う。
氏子(全世帯)が交代で毎晩燈明を点す。
特定の場所に燈籠を立てる、祭礼日の前後1ヶ月氏子が燈明を維持する等、各所ごとに細部に違いが見られるようだ。
ご祭神/ご本尊
編集前
《主》市杵島姫命
《境内社》祭神不明
編集後
《主》市杵島姫命
《配》大山祇神
見所
編集前
石打の中でも、特に明言寺付近の住谷崎という地区の鎮守様のようだ
編集後
石打の中でも、特に明言寺付近の住谷崎という地区の鎮守様らしい
邑楽町に五ヶ所残る、大山阿夫利講の祭儀が行われる社の一つ
行事
編集前
4月第一日曜日 初巳祭典
編集後
4月第1日曜日 初巳祭典
7月第4日曜日 阿夫利神社祭礼