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2026年03月26日(木) 04時41分 byくし

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ご由緒
編集前
昔、上武家の祖先が京都の伏見稲荷大社に参詣し「子供の夜泣きで困っている若い親たちのために、子供の夜泣きを止めさせる御利益を与えていただきたいので、ぜひ分霊を賜りたいのです」とお願いしました。
ところがなかなかお許しが出ません。
「関東は遠いところで、親たちはなかなか京までは参れません。ぜひ勧請をお許しください」と熱心に嘆願し、やっとお許しが出ました。
帰郷するとさっそく自分の屋敷の西南の隅に社を建て、正一位夜泣稲荷神社をお祭りしました。
本社のお許しを受けて夜泣稲荷を勧請したのは関東でただ一社だけだといわれています。
それからは、近くから遠くの人まで口伝えに夜泣稲荷神社は知れ渡り
ました。
子供が夜泣きをすると、おんぶして神社に参詣し、神社の小石をお借りして帰り、子供の枕元に置くと泣いていた子供は安らかに眠るようになるということです。
御利益はてきめんで、早い子供では拝んで帰る途中には泣き止んでいるそうです。
上武さんの祖母は「子供の夜泣き止め祈願成就のお礼はどうしたらよいですか」とよく聞かれたそうです。
そんな時は「借りた石を倍にして返し、好意があれば油揚げの四隅を切ってお上げしたらいかがですか。残りの中身はお食べください」と教えたと言います。
昔は油揚げ一枚すら買えない人が多かったので、気持ちだけで結構だという優しい心をこのようにして話したのでしょう
(広報おうらより 一部編集)
編集後
昔、上武家の祖先が京都の伏見稲荷大社に参詣し「子供の夜泣きで困っている若い親たちのために、子供の夜泣きを止めさせる御利益を与えていただきたいので、ぜひ分霊を賜りたいのです」とお願いしました。
ところがなかなかお許しが出ません。
「関東は遠いところで、親たちはなかなか京までは参れません。ぜひ勧請をお許しください」と熱心に嘆願し、やっとお許しが出ました。
帰郷するとさっそく自分の屋敷の西南の隅に社を建て、正一位夜泣稲荷神社をお祭りしました。
本社のお許しを受けて夜泣稲荷を勧請したのは関東でただ一社だけだといわれています。
それからは、近くから遠くの人まで口伝えに夜泣稲荷神社は知れ渡りました。
子供が夜泣きをすると、おんぶして神社に参詣し、神社の小石をお借りして帰り、子供の枕元に置くと泣いていた子供は安らかに眠るようになるということです。
御利益はてきめんで、早い子供では拝んで帰る途中には泣き止んでいるそうです。
上武さんの祖母は「子供の夜泣き止め祈願成就のお礼はどうしたらよいですか」とよく聞かれたそうです。
そんな時は「借りた石を倍にして返し、好意があれば油揚げの四隅を切ってお上げしたらいかがですか。残りの中身はお食べください」と教えたと言います。
昔は油揚げ一枚すら買えない人が多かったので、気持ちだけで結構だという優しい心をこのようにして話したのでしょう
(広報おうらより 一部編集)