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2024年02月11日(日) 21時53分 byくし
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ちょうせんじ
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平安初期比叡山慈覚大師円仁が東国巡化の折、当地阿瀨池に通りかかった時、池の水面に光りかがやくものがあり、不思議に思い翌朝、水面を見渡すと阿字の梵字が浮かび出たので、水底を探すと佛首が出現した。 大師は、その首を奉献供養し断食して祈念した。すると、佛首より光明が放たれ、大師はこれを薬師如来のお首が 出現したものと悟られた。大師は、薬師の尊像を彫刻し不動堂に奉安し、開眼供養した。 年月を経て、たびたび渡良瀬川が洪水をおこし、不動堂、薬師如来も流出したが、草の中より光明を放つ薬師尊像があり、皆よろこび堂を建立し、微妙山薬王院と号し、薬師尊像を安置した。 その後、曹源寺七世和尚が当寺を建立。 その昔、新田義貞公が何回か御出陣のおり、この阿字池を通りかかり薬師の霊験明らかなことをきき、品々を奉納され陣中無事の信心祈念をされた。 その後、義貞公病気にかかり、当寺阿字池の薬師へ御祈禱を仰せつけ参詣し、近習の侍が薬師堂に二夜三日おこもりして信心祈念した。公の病は霧の晴れるがごとく快気し、一首の御詠歌を奉納された。 「不思議なる飲めば井露の阿字の池病も晴れて心地義貞」 その後、義貞公は越前へ移るまで、この薬師如来を御信心いたし新田義貞の守り本尊(お守薬師)として伝えている。 (薬師堂案内板より)
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地蔵菩薩
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《本尊》地蔵菩薩 《霊場本尊》薬師如来
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慈覚大師円仁が見いだし、新田義貞が守り本尊としたという薬師如来が伝わる。
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true
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微妙山
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薬王院
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平安時代初期
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伝・慈覚大師円仁
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関東九十一薬師霊場 第五十三番
