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2025年02月24日(月) 12時04分 byくし
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大正院
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役行者が富士山から東北を見ると、瑞雲たなびく山が見えたのでこの飛駒の地にやって来た。さらに雲の根方に奇峰を見つけ根本山と名付けた。 後に弘法大師が関東廻錫の際に根本山に登って、この地が将来神爾の霊場になると予言したと伝わる。 他に日光開山の勝道上人による開山伝説などもあるようだが、これらはあくまで伝承である。 天正元年(1573)天台宗の修験者 良西が根本山を開山し、根本山信仰が始まる。 足利長尾氏・太田由良氏によって滅ぼされた桐生氏残党の藤倉家により、上州桐生側の登山口である梅田口が開かれ、大正院という里宮・遥拝所が置かれた。 (後の、天正十八年(1590)佐野氏家臣の系譜を引く小野家により、野州飛駒側の登山口と大学院という里宮・遥拝所も置かれる) 江戸時代は両院のもとに各地に根本山神講が組織され、関東・東北から広く信仰を集める。 元は現在の梅田湖付近にあったが、梅田ダムの完成により当地に遷宮し現在に至る。
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《主》大山祇神・大山咋神
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《主》大山祇神・大山咋神 《配》薬師大神
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根本山信仰の上州側の拠点。 根本山神社本社の里宮・遥拝所。
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true
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天正元年(1573年)
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藤倉家
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