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2025年01月22日(水) 14時45分 by山名八幡宮【公式】

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ご由緒
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社伝によると山名八幡宮は源氏の一族、新田氏の祖義重の子、山名義範が平安時代後期の安元年中(1175~77年)、大分県に鎮座する、八幡宮の総氏神の宇佐八幡宮より勧請されたと伝わっています。

応仁の乱の際、西軍の指揮を執った山名宗全が西国で勢力を誇った影響で、現在も関西を中心に全国で約1万人程いると言われている山名姓、及び血縁関係のある末裔も含め、全ての山名一族にとっての、総氏社でもあります。

室町時代、後醍醐天皇の孫「君親王」が山名城に滞在の折、城主「世良田政義の娘」との間に出来た子の安産を願い、当社にてご祈願をされました。

無事産まれた男の子は「良王君」と名付けられ、その後も健やかに成長されました。このことが広く伝わり「山名八幡宮」は、安産と子育ての神社として永く称えられ、現在でも多くのご家族がご祈願に訪れています。

品陀和気命(応神天皇)、息長足比売命(神功皇后)、神霊を宿す巫女とも言われる玉依比売命(比売大神)の三柱を御祭神として祀り、祭祀を絶やすこと無く、今日に至っています。 
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社伝によると山名八幡宮は源氏の一族、新田氏の祖義重の子、山名義範が平安時代後期の安元年中(1175~77年)、大分県に鎮座する、八幡宮の総氏神の宇佐八幡宮より勧請されたと伝わっています。

応仁の乱の際、西軍の指揮を執った山名宗全が西国で勢力を誇った影響で、現在も関西を中心に全国で約1万人程いると言われている山名姓、及び血縁関係のある末裔も含め、全ての山名一族にとっての、総氏社でもあります。

室町時代、後醍醐天皇の孫「君親王」が山名城に滞在の折、城主「世良田政義の娘」との間に出来た子の安産を願い、当社にてご祈願をされました。

無事産まれた男の子は「良王君」と名付けられ、その後も健やかに成長されました。このことが広く伝わり「山名八幡宮」は、安産と子育ての神社として永く称えられ、現在でも多くのご家族がご祈願に訪れています。

品陀和気命(=応神天皇)、息長足比売命(=神功皇后)、神霊を宿す巫女とも言われる玉依比売命(=比売大神)の三柱を御祭神として祀り、祭祀を絶やすこと無く、今日に至っています。 
駐車場
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寺尾藤岡線から大鳥居をくぐった先、上信電鉄線路手前と線路を渡った左手に無料駐車場がございます。
※ お正月や七五三等の繁忙期には警備員がおりますので、指示に従ってご駐車ください。
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無料駐車場あり(約30台)
寺尾藤岡線から大鳥居をくぐった先、上信電鉄線路手前と線路を渡った左手に駐車場がございます。
※ お正月や七五三等の繁忙期には警備員がおりますので、指示に従ってご駐車ください。
文化財
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山名八幡宮 本殿・幣殿(高崎市指定重要文化財)
山名八幡宮 算額(高崎市指定重要文化財)