ほうぞうじ|真言宗智山派|妙石山
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寳藏寺(宝蔵寺)の編集履歴
2023年05月13日 22時04分
ご由緒
寶蔵寺は、開山から再建までの寺歴は定かではない。
しかし、『磐城古代記・磐城古代記補遺』等によると、
「豊間村豊間の地に樋口館ありて、この地正和(一三一二~一七)の頃好島荘に属し、 伊賀守頼の所領なり。
-中略-後には義介知行すべし。
-中略-暦応四年(一三三八) 八月十七日勝義判平太郎入道住居せしものとあり」
と載り、樋口館とは後館であり、前館である堀ノ内館を中心にして、それぞれの寺社を創設し、辰巳の方角に寶蔵寺を
配した。
明治十三年(一八八〇)に当山第二十七世光張和尚が、橋本仁三郎翁(仁左衛門)の尽力によって本堂を再建し、大正十一年(一九二二)には光舜和尚が四家文吉翁の協力で、大修復を行い、さらに菅光照住職が檀信徒の尽力をえて現本堂を建立した。
当寺の山門は樋口館の赤門(宝暦年間修復)であり、本尊に大日如来、薬師堂には薬師三尊、恵比須神を祀り、浜街道十二薬師霊場第六番、浜三郡七福神霊場に指定され、参詣者が絶えない。
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