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2023年05月23日(火) 22時44分 byダイコン
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807年(大同2年)に、徳一大師によって建てられた弁財天を祀る堂に始まり、磐城城主の海東小太郎清衡の開基と伝わります。 その後、永享3年(1430年)に奈良興福寺法相宗の光蔵律師によって現在地に移されました。 市の有形文化財である楼門には、風神「風の三郎」と雷神「雷の五郎」が鎮座しています。 また、「木像彩色八辟青龍辨財天像」を祀る「賢沼辨財天堂」も別当として管理されています。 隣接する賢沼は、昭和14年(1939年)に文部省が「天然記念物賢沼ウナギ生息地」として指定され、天然の大ウナギが生息すると伝えられています。
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【 建立と移転 】 弁財天を祀る堂が807年(大同2年)に徳一大師によって建てられ、海東小太郎清衡の開基によるものであると伝えられます。 その後、永享3年(1430年)に光蔵律師という奈良興福寺法相宗の僧侶によって現在の場所に移されました。 【 楼門の建築と特徴 】 楼門は市の有形文化財であり、賢沼寺(密蔵院)の境内に位置する弁財天の山門です。 延享4年(1747年)に、内藤備後守政樹の代に建築が始まり、翌年に完成しました。 建築は大工棟梁の平鎌田の杢七と、木挽きの甚三郎によって行われ、そのことが棟札に明記されています。 【 楼門の構造と装飾 】 この楼門は一戸楼門であり、以前は柿葺きでしたが、現在は銅板葺きになっています。 地方色豊かな技法が用いられており、建築様式は和様と禅宗様の折衷様式。 構造性よりも意匠的な面が重視され、技法も大胆に取り入れられています。 正面の両脇には、内藤備後守政樹の寄進による、風神「風の三郎」と雷神「雷の五郎」が配されています。 【 賢沼辨財天堂と賢沼 】 賢沼辨財天堂では「木像彩色八辟青龍辨財天像」が祀られており、この堂は別当として管理されています。 また、賢沼という場所は隣接しており、昭和14年(1939年)に文部省によって「天然記念物賢沼ウナギ生息地」として指定されています。 賢沼では天然の大ウナギが生息していると伝えられています。