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2023年05月23日(火) 22時12分 byダイコン
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梅林寺は、応永元年(1394年)の頃、水野谷領主水谷氏が菩提寺を創建するために、猿田の長老の寺と称される伽藍を赤井ケ森に移したのが始まりであり、同十七年には水野氏の失却によって当寺は荒廃しました。 天正元年(1573年)には村人が再建して虚空蔵菩薩を祀り、法印弘長を開基・開山祖に迎えましたが、天明3年(1783年)に本堂は灰燼に帰し、その後の寛政四年(1792年)に再建され、現在に至っています。 当寺には棟札3枚が現存しており、寛文6年(1666年)の祐厳の代には内藤忠興が薬師堂を再建し、寛政4年(1792年)の直心法師の代に内藤政倫が虚空蔵堂を再建し、つづいて寛政7年(1795年)には聖観音堂を建立し、隆盛したことを証明しています。 本尊は大日如来を祀り、三大師の尊像が安置されています。 その台座には、享和元年(1801年)7月9日、直心法師の長孫の仏師が彫刻したと記されています。 他には地蔵菩薩と、どくろを巻いた蛇を頭に乗せた勝軍地蔵菩薩が祀られています。 境内には虚空蔵堂があり、応永17年(1410年)に祀られて以来、この地方の人々に篤信されています。
編集後
【 創建 】 梅林寺は、応永元年(1394年)頃、水野谷領主である水谷氏が菩提寺を建立するため、猿田の長老の寺として知られる伽藍を赤井ケ森から移したことに始まります。 しかし、同十七年には水野氏の没落により、当寺は荒廃しました。 【 再建の歴史 】 天正元年(1573年)になり、地元の村人たちが再建を行い、虚空蔵菩薩を祀りました。 また、法印弘長を開基・開山祖として迎えました。 ところが、天明3年(1783年)には本堂が火災で全焼してしまいました。 その後、寛政四年(1792年)に再建が行われ、現在に至っています。 【 棟札 】 梅林寺には棟札が3枚現存しており、そのうちの1枚は祐厳の代である寛文6年(1666年)に内藤忠興が薬師堂を再建したことを記しています。 また、寛政4年(1792年)の直心法師の代には内藤政倫が虚空蔵堂を再建し、さらに寛政7年(1795年)には聖観音堂が建立され、寺の隆盛を示す証となっています。 【 本尊と尊像 】 梅林寺では、大日如来を本尊とし、三大師の尊像が安置されています。 その台座には享和元年(1801年)7月9日に直心法師の長孫の仏師が彫刻したと記されています。 また、地蔵菩薩と、どくろを巻いた蛇を頭に乗せた勝軍地蔵菩薩も祀られています。 【 虚空蔵堂 】 境内には虚空蔵堂があり、応永17年(1410年)に祀られて以来、この地方の人々に深く信仰されています。