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2023年05月22日(月) 23時06分 byダイコン
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【 かつての柳作寺と十一面観音 】 校野田に位置する玉川団地に接した山間部を「柳作」と呼び、かつてそこには柳作寺があり、等身大の十一面観音が祀られていました。 しかし、その寺が風雨によって損傷し、御本尊にまで及ぶようになったため、享保13年(1728年)の3月に、野田の現在地に観音堂が建てられ、翌14年には御本尊の十一面観音が安置されました(棟札に記載)。 【 十一面観音像の特徴 】 この十一面観音は柳の木を用いて白木造りされており、像高は約170cmほどで、頭上には化仏を頂き、背後には後光を表す円輪がついています。 柳の巨木が材料となった尊像は、柳作に生えていたものと考えられ、風雨にさらされて腹部周辺が荒々しく木肌が露出しています。 しかし、それが逆に尊像を神秘的に演出しています。 【 現在の別当寺と管理者 】 堂内には天明2年(1782年)に音海禅師が奉納した武者絵が掲げられています。 天明3年は大凶作として餓死者も出るほどの年であり、人々はこの観音の慈悲に一心にすがったことでしょう。 現在、この観音堂の別当は近くの禅福寺です。 境内内外の修復維持には地域の人々が協力し、昭和48年にはかやぶき屋根を瓦に替え、お堂の風采を一新させました。
編集後
【 かつての柳澤寺と十一面観音 】 徳一大師の創建の伝えられる、福寿山柳澤寺(現在廃寺)には、御本尊であった等身大の十一面観音が祀られていました。 しかし、その寺が風雨によって損傷し、御本尊にまで及ぶようになったため、享保13年(1728年)の3月に、野田の現在地に観音堂が建てられ、翌14年には御本尊の十一面観音が安置されました(棟札に記載)。 【 十一面観音像の特徴 】 この十一面観音は柳の木を用いて白木造りされており、像高は約170cmほどで、頭上には化仏を頂き、背後には後光を表す円輪がついています。 柳の巨木が材料となった尊像は、柳作に生えていたものと考えられ、風雨にさらされて腹部周辺が荒々しく木肌が露出しています。 しかし、それが逆に尊像を神秘的に演出しています。 【 現在の別当寺と管理者 】 堂内には天明2年(1782年)に音海禅師が奉納した武者絵が掲げられています。 天明3年は大凶作として餓死者も出るほどの年であり、人々はこの観音の慈悲に一心にすがったことでしょう。 現在、この観音堂の別当は近くの禅福寺です。 境内内外の修復維持には地域の人々が協力し、昭和48年にはかやぶき屋根を瓦に替え、お堂の風采を一新させました。