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2023年05月25日(木) 15時49分 byダイコン
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【 安倍貞任ゆかり 】 当神社は、平安時代の昔に鬼越城主・安倍貞任が学問の神である「文殊菩薩」を祀ったことから始まったと伝えられております。 【 鬼越山神徳寺改築の歴史 】 その後、堂宇は鬼越山神徳寺によって守られてきましたが、元禄4年(1691年)に改築を行い、新たに多聞天を御本尊として合祀し、国家の安全を願いました。 この改築の際の棟札には「郷中惣氏子 庄屋横山庄衛門 遷宮導師宥寶 本願別当宥智」という名前が記されております。 明和5年(1769年)には神殿の造り替えが行われ、後江栗村、前江栗村、中嶋村の人々が中心となって行いました。 その後も何度か改築が行われましたが、現存する棟札は当時の苦労と喜びを私たちに伝えています。 【 神仏分離令 】 明治元年(1868年)に神仏分離令が発令され、神徳寺は廃寺となりました。 それ以降、鬼越明神と尊称され、江栗村の所願成就所・産土神として、村民の信仰の中心となりました。 【 日本武尊の合祀と鬼越神社 】 大正15年(1926年)には日本武尊も合祀され、鬼越神社となりました。 その後、昭和21年(1946年)に勅令により社格が廃止され、鬼越神社となりました。 例祭は毎年4月8日に行われ、7年ごとに大祭が執り行われました。 大祭では安良町海岸渡御や潮垢離などが行われ、村全体で五穀豊穣や家内安全、学業の成就を祈願しました。 鬼越神社は、このような伝説と由来を持つ神社であります。
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0246-62-2207
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日本武尊
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平安時代中期
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安倍貞任