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2023年05月14日(日) 22時50分 byダイコン

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ご由緒
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天平6年(734年)、奥羽地方で疫病が流行しました。
この惨状を聞きつけた大和国鷲峰山竹林寺の住僧、源観上人は、龍智菩薩の作と伝えられる三国伝米の薬師如来像を持って、磐城の地に下向しました。
源観上人は、現在地より西北の剣ケ峰に草庵を結び、薬師如来像を安置して、百日間の修法と写経に精進し、病気の平癒を祈願したとされ、これが常福寺の始まりと伝えられています。
その後、70余年が経った大同2年(807年)、南都の名僧・徳一大師が剣ケ峰に詣でましたが、山などの高く険しいことに加え、さらに荒廃した堂宇に心痛し、現在の地、赤井岳に堂宇を建立して薬師如来を移祀しました。
以来、法縁が絶えることなく現在に至り、特に安産祈願の赤井岳薬師として、広くその名を知られています。
文化5年(1808年)、白河藩城主松平定信公より医王殿の扁額が奉納され、その直筆は今も寺宝として大切に保存されています。
また、文政11年(1819年)には、嵯峨御所の祈願所にもなっています。
中興34世純栄大和上、同35世頼栄大和上は真言宗智山派管長、総本山智積院化主並びに真言宗長者をそれぞれ勤めています。
創立
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天平6年(734年)
創始者/開山・開基
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源観上人