しょうせんじ|曹洞宗|大龍山
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楽しみ方正泉寺のお参りの記録一覧
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所用の帰路、車で訪問しました。大龍山正泉寺。鎌倉幕府五代執権北条時頼がその息女法性尼(ほっしょうに・桐姫)の為に創建した法性寺(真言宗)が起源とされ、後に曹洞宗寺院として再興されたものです。
正泉寺は長く女人救済の寺院として知られて来ました。室町期の応永24年(1417年)に、手賀沼から血盆経(けつぼんきょう、女人を血の池地獄から救う為の小経)が出現し、ここに収められたと伝えられ、永く広い階層の女性の信仰を集めて来た事に拠ります。女性の信仰を記し、女性史を考える上での貴重な史料として、現在千葉県の有形民族文化財に指定されています。
また山門(鐘楼門)は上層階が鐘楼となっている珍しい様式です。天保13年(1842年)の建立とされますが、当時からの梵鐘は戦時中に供出の憂き目に遭い、現在のものは昭和48年(1973年)に復興されたものです。
なお本堂裏手の駐車場は、檀家及び寺院関係者の為の駐車場で、無断利用禁止なので、要注意です。(自分は気付かず停めてしまいました。済みませんでした。)
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曹洞宗大龍山正泉寺にお参りしました。
女性が成仏できる血盆経が南側の手賀沼から出現し、お経をおさめた正泉寺が鎌倉幕府北条時頼の娘桐姫(法性尼)により開基、女人救済の寺として栄えたそうです。昔女性は穢れのため成仏できないとされていたので画期的。広く信仰され、紀州徳川家の桂香院が奉納した血盆経等、多数の文物を所蔵し、千葉県指定文化財「正泉寺の血盆経信仰資料」として有形民俗文化財となっています。
我孫子市には女人救済信仰として正泉寺の血盆経信仰と、村の神社で女人講をつくり安産祈願した待道(まちどう)信仰もあり、仏教と民間信仰で女性が救いを求めた信仰が広がっていました。
Googleマップでは入口がわかりにくいお寺です。駅に近い北側に正門、表参道、山門があります。正門は未舗装で車止があり、徒歩参拝者用です。
車は南側から。南側通用門には舗装駐車場があり、東側は裏口と砂利敷き駐車場があります。
檀家寺のようで授与所はなく南側駐車場すぐに墓参桶置き場があり墓地が西側に広がります。本堂の隣に法事ができそうな建物がありました。
大阪四天王寺壹萬體菩薩像、新四国八十八ヶ所相馬霊場第七十三番札所の大師堂、不動明王石碑が二体安置された不動堂があり、血盆経信仰で奉納された仏様の石碑もあります。千葉県に多い出羽三山信仰の石碑5基もあり、月山羽黒山湯殿山は男性が修行する場でしたから男性の信仰も集めていたと思われます。大阪四天王寺壹萬體菩薩像は溶岩石の山の上に亀の獣座が乗り、更に蓮華座が乗って地蔵菩薩像がある凝った造りで、大仏のように高いですが、本堂から見ると丁度よい高さです。
正門入ってすぐには都部(いちぶ)稲荷大明神があり、お寺なので宇迦之御魂神と習合した荼吉尼天が祀られています。湖北台の町名は大規模な団地ができた際の新しい町名で、昔は手賀沼と利根川の間に都部(いちぶ)村がありました。今は線路の北側に我孫子市都部、寺の南側田圃に我孫子市都部新田の名が残り真ん中が湖北台になったので分断された格好。
山門は上が鐘楼になっている造り。天保年間に仁孝天皇が奉納した大梵鐘がありましたが第二次大戦金属供出でなくなり、昭和四十八年に新造したとのことです。
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