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しんめいじんじゃ

神明神社のお参りの記録(2回目)
千葉県南柏駅

投稿日:2024年05月20日(月) 17時17分52秒
参拝:2024年5月吉日
みきてぃさんと柏市の旧水戸街道神社巡り4。
富里町(旧豊四季)の神明神社にお参り。

明治の開墾地の神社で、御神木等の緑がなく、境内は土のグラウンド、角に高さ1メートルほどの庭木が一本あるのみです。お祭りがしやすい造りになっています。手水舎は上水道蛇口がついていて、ひねればきれいなお水でお清めできて親切です。社殿は伝統的ではなく町の集会所のような造り。

すぐのバス停神明神社前はバスが1日に一本しかない不思議な路線。一日一本に減便しても廃線にはならない理由が気になります。

旧地名は豊四季。豊四季の町名は広範囲にわたって広がっていましたが、昭和高度経済成長時代に住居表示と新町名がつけられ、現在は富里町です。豊四季の町名は分断されJR南柏駅近辺と東武野田線(アーバンパークライン)豊四季駅近辺に残ります。
昔は本務社の流山市駒木諏訪神社のあたりまで全て豊四季でした。

看板「神明神社のご案内」には創建年は書かれておらず明治時代に豊四季の地名がつき開墾され創建されたようです。

「鎮座地である富里町は、昭和42(1967)年に改名された町名で、かつては柏市豊四季の一部でした。明治政府が明治初年に東京府に命じて始めた殖産事業において、幕府の牧場となっていた小金牧の一部である上野牧を、初富、二和、三咲、豊四季、五香、六実、七栄、八街、九美上、十倉、十余一、十余二、十余三と次々に開墾させました。当地は4番目の地のため、豊四季と名づけられたそうです。各地からかつての武士をはじめ次男・三男や、世の変革によって職を失った多くの人々が移り住んで集落を形成しました。やがて人々の心のよりどころとして、天照大御神を奉斎して神明神社を奉建。崇敬の誠を献げてきましたが、現在は柏市の富里一丁目、二丁目、三丁目、泉町、中央、若葉町、豊町東・同西、新富町、南柏、吉野沢、豊中町などの共同の鎮守として、篤い尊崇を集めています。」
神明神社の本殿・本堂
拝殿と手水舎
神明神社の鳥居
社号標と鳥居
神明神社の本殿・本堂
拝殿。
神明神社の手水舎
手水舎。水道蛇口があります。
神明神社の歴史
神明神社のご案内。流山市の駒木諏訪神社の兼務社29社の一つです。
神明神社のその他建物
旧水戸街道と行き止まり道路の角地。

すてき

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