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歴史

潟尻明神ともいい、1769年、秋田藩士益戸滄洲によって漢槎宮と命名されたことから、この田沢湖のことを漢槎湖あるいはただ漢槎と呼ぶようになりました。拝殿正面に揚げられた漢槎宮の扁額は滄洲が遊覧のおり、船頭をつとめた少年斉藤千太郎に書き与えたものです。

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浮木神社の基本情報

住所秋田県西木町西明寺字潟尻
行き方
アクセスを詳しく見る
名称浮木神社
読み方うききじんじゃ
通称漢槎宮
参拝料

なし

トイレなし
御朱印あり

限定御朱印なし

詳細情報

ご祭神金鶴姫之命
ご由緒

潟尻明神ともいい、1769年、秋田藩士益戸滄洲によって漢槎宮と命名されたことから、この田沢湖のことを漢槎湖あるいはただ漢槎と呼ぶようになりました。拝殿正面に揚げられた漢槎宮の扁額は滄洲が遊覧のおり、船頭をつとめた少年斉藤千太郎に書き与えたものです。

Wikipediaからの引用

概要
漢槎宮(かんさぐう)は、秋田県仙北市西木町西明寺の田沢湖畔にある神社。 湖に張り出す形になっている小さな神社で、流れ着いた大木の浮木(流木)を祀ったので別名を浮木神社という。また、潟尻明神とも呼ばれ、明和6年(1769年)秋田藩士で俳人で漢学者の益戸滄洲によって漢槎宮と命名された。よって田沢湖を漢槎湖または槎湖と呼ぶようになった。すぐ近くにたつ子像がある。 拝殿正面の扁額は、滄洲が田沢湖を遊覧した折に船頭をした少年斉藤千太郎に書き与えたもの。
引用元情報漢槎宮」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%BC%A2%E6%A7%8E%E5%AE%AE&oldid=80849515

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