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2024年05月10日(金) 20時25分 byシンくん

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昭和13年に建てられた庵名の石標の奥に小さなお堂があり、キリシタン殉教の跡とされる。
寛文のキリシタン取締時、捕縛された信者は名古屋へ送られ詮議後処刑された。
しかし、恵心庵の地から多くの遺骨が見つかっており、扶桑地内のあちこちに切込地の伝承あり。
これは、当地で処刑され埋められたものか、名古屋で処刑後に埋葬されたものかは不詳。
昭和25年9月に発掘された際『本堂の下から西北の畑にかけて、幅1米程度の帯状の穴の地下(1m〜2m)の
深さから多くの斬殺されたと思われる刀傷がある白骨が出た』という。
遺骨は当時のキリスト教神父により、ミサを行い再び埋められたという。