真言宗・醍醐寺派葦桁山
葦桁山 永昌院のお参りの記録一覧
11時に加持祈祷、柴灯護摩、火渡り。
12時くらいに十名くらいずつ、豆撒き。
甘酒戴来ました。
豆撒きの豆の中に、お賽銭?小銭も。
入口に龍神さまの手水。
元旦に起きた、能登地震の冥福もお祈り。国土安穏。国家安全。お祈り。
はじまり前。
点火
般若心経など。
🐚法螺貝などの儀式🐚
参加の人もお願いの護摩木投入出来ました。
御護摩、炎、佛さまお祈りいたします。
火渡り。
庫裏の入口。
柴灯護摩儀式
火でお浄め
山門
令和五年(2023年)は、
外護摩法要と火渡り祭出来た。
感謝。
点火以後の柴燈護摩法要
柴燈護摩法要、龍神様とお不動様とカイコ神様結びつける。
点火前
この柴燈護摩法要のあらかじめ来た招待状。
山門
点火前作法。
点火前作法
点火前作法
住職様法螺貝
祭壇
ご志納参拝者は豆まき本堂から。
グル、導師の弓矢作法。
導師の作法。
点火して般若心経。
全員豆撒出来る
本堂前にステージ。
お不動様の御幣様
点火前
山門
役行者様?筑波から来た神様(山岳修行者)
点火前宝剣作法など
点火前宝剣作法。
点火前作法。
導師弓矢作法。
この天狗様は筑波山と深い関係あるらしい。御幣も独特。
火渡り祭全員参加出来る。
火渡り祭準備。
火渡り儀式。山伏姿の修行者。
先ず導師お不動様の御幣持ち渡る
火渡り以後、片付け。
奥多摩八十八ヶ所巡礼の霊場の石仏さんのお寺さんや民家を
ひと通り廻って来て、此処のご住職さまに報告させて戴いた。
江戸時代から続く、お寺で、由緒正しいお寺。
東京では珍しい京都が総本山で、今の住職さまも
京都で修行されて護摩焚けるお坊さま。
たぶん江戸時代は多摩地域は修験者のお寺や、山城だったお寺も多いので
ほとんどのお寺で護摩焚いていたが、後継者不足から護摩焚かなくなった。
近所の集いの場所にも成っていて、此処の信者の人も多い。
奥多摩八十八ヶ所の石仏をお寺に納た人も、その此処の信者の知人。
昭和五十年台くらいの時に、今の前の住職さまの時に石仏を納めにきた。
それから奥多摩八十八ヶ所巡礼の札所に成っていると
此処のお坊さまは話してくれました。
先日も此処に奥多摩八十八ヶ所巡礼のお遍路さん来ましたよと
語ってくださる、優しいご住職です。
御朱印は専用御朱印帳に押印しますが、場合によってはコピーでも可能。
場合によっては手書きも可能。300円から。
2月、3月、4月、けっこう毎月お祭りやってて、
五千円だと想えたが、御札申込んだら、祈願出来る。
沢山集まる様な高幡不動さんもいいけど、
小規模多機能みたいなお寺で護摩祈願や法要出来るっていい。
という事をこのお寺さんのエキテンの口コミに書いたけれども、
奥多摩八十八ヶ所巡礼札所事務局みたいな所がインターネット上にある。
(今まで参拝した人が輪番みたいに持ち回りに管理されている?!)
此処に問い合わせすると、
もともと86札所の石仏さんは、瑞穂町の開山所にあったと教えてくれた。
平成の半ばに弥兵衛氏が他界し、奥さまF子さんは、
その後僧侶の資格を取り、弥兵衛氏の意志を継ぎ、
札所のメンテを続ける中で、86番の安置を今の永昌院にお願いされたらしい。
(それが、今の住職さま学生時代で先代の住職の頃)
こんなに移転移転の札所も珍しい?珍しくないのかな?
奥多摩八十八ヶ所の開創の武田弥兵衛氏は、昭和の始め、
霊場開創にむけて有志の人たちと共に石仏安置をお願いするため、
寺院や在家を訪ねて奔走したらしい。
しかし、昭和9年の開創までに全部の石仏をどこかに安置するには至らず、
安置出来なかった幾つかの石仏は、開山所内に置かれていたということは
孫の代になっても未完成の霊場なのかも知れない。
これから廻る人も、奥多摩八十八ヶ所巡礼札所の開創に
関わる事になる様な霊場なのかも知れない。
手水舎の龍神さま!
手書き御朱印。
節分法要参加。此処も基本“不動護摩”だけど。
コロナウイルス対策で縮小されて行った密教で修験道の行事。
小さいけれどもパワーあるお寺さま。
京都の醍醐寺が総本山。
此処の御住職も次期御住職も京都で修行されている。
玉川上水建設の時、移転されて小さなお寺になってしまったそう。
此処も羽村の堰の建設に貢献されたお寺だった。
“奥多摩八十八箇所”創った武田翁さまは、
そういう社会的貢献度あるお寺撰ばれたもよう。
“奥多摩八十八箇所”の霊場は、全てお護摩炊くお寺になっている。
または、かつてお護摩していたお寺に
“奥多摩八十八”の石仏さまは祀られていらっしゃる。
うちゴマのみ。
まん延防止でない本来の時は、外の護摩やり、ひわたり。それはやらない。
本来はお昼のお弁当もあるそうだけど、なおらえみたいなのは、ない。
神道で神社で〜、
6月の時にやる“ひとがた”に息を吹き掛けるという?似たやることがあり、
竹筒に息を掛けた御札を半分折って、
容れて藁ひもで縛り境内地蔵に納めて行くというお浄め。
神道と道教と陰陽師と仏教あわせたような厄除けの行事。
まるで、福生、羽村市が、シルクロード終着点に想えた。
(哲学堂のある中野区がシルクロード終着点と想えたが違ってた)
江戸時代飢饉でも同じ事やり治まった。明治以後スペイン風邪でも、
これやって治まった。
こんど(コロナウイルス)も、なんとしても治めたい。
この百年単位の飢饉に護摩参拝。
人生に意味がないと言うが、人生に意味感じてしまう。
疫病退散札には不動明王の種子 カン字
護摩壇山見ていて、まにほうじゅみたいな?炎と想われたが
年賀状で着ていた、写真の神様に見えた。
奥多摩八十八箇所専用御朱印
護摩修法参加の御札、これをあとで受付で交換
護摩法要あとに戴く御札に口注ぎ〜、息三回吹きかけ竹筒入れて縛ってお地蔵さんへ奉納。
此処は東京都の無形文化財。
護摩祈祷終わったら戴いた斗と節分の豆。
この中に家に一年安置する御札ある。
江戸時代の此処の歴代の御住職があみだした方法だと歴史が書いてある。
このお墓が江戸時代、此処の御住職で、竹筒の方法を考えた人のお墓。
前もって、年賀状貰っていた。蚕の神さまに呼ばれました。
お護摩される本堂・内陣さま
前以って戴いていた、“節分のお護摩”招待状その1
前以って戴いていた、“節分のお護摩”招待状その2
節分のお護摩開催のおおっきい立て札が山門にあった。
満月の二日前から観音経と般若心経写経して、納経しました。
三年前数え90歳で亡くなった父親の供養になればという想ひと
多摩八十八箇所巡り満願して〜、さらに“奥多摩八十八箇所”というのが
或るというのを聴いたから、
奥多摩八十八箇所までしっかりできるか不安ですが
近所の用事次いでに、のんびり周ろうか!?なと。想われているけれど、
全部むりかな。御朱印ない所とか個人の家が札所だったり
ブザー押していいのか分からない札所もあるから。
お正月には、この境内でお護摩も焚くそうなので
参拝に来ようかなと想ってます。
お坊さんは、近所さんのおじさんおばさんのように気軽な人。
御茶などだして下さって、人生相談もしてくれそうな感じ。
修験道のお寺とのこと。
東京都では珍しい宗派。真言密教の醍醐派。
豊山派は、二十年位前、“オール真言宗”を語っていた。けれども?
独立した単立の神社やお寺的な雰囲気醸し出ていらっしゃる。
お正月護摩修法は31日午前零時に焚く。元旦〜三日間は、昼間12時に行う。
修験道方式。
羽村駅から意外に近くだった、お寺の山門。
羽村駅から徒歩約十分の近所の天神さま鳥居。
近所の天神さま
明治維新以降出来たらしき天神さま
天神さまある公園。
永昌院さまの案内板の祈祷の種類の“障礙抜き”って何?
英語Impediment(インペレメント?障害、支障、邪魔)らしい。
仏教で悟りの支障となるもの。嗚呼、障礙だらけ。抜いたら人間無くなりそう?
永昌院さまの入口に奥多摩八十八箇所第86番札所とある。
永昌院さまの入口石碑
永昌院さまの入口山門
永昌院さまの入口の石碑
山門の提灯
山門の柱にある“龍神さま”①
山門の柱にある“龍神さま”②
水鉢
水鉢全景
境内
馬像
境内入口にある石碑
慈母観音像さま
札所の境内の佛さま像
本堂
龍神さま像
本堂全景
境内の石仏さま全景
境内石碑、歴代の御住職のお墓らしい。
寺務所の中に御札見本、玄関に置く泥棒避け、護摩修法時の札(三千円、五千円、一万円がある)
お護摩の時に何度も龍王さまが出現されていらっしゃる。
境内風景
境内には池におおっきい鯉いらっしゃる。
お寺の外側から写したのですが、奥に、稲荷社祀っていらっしゃる。
近所周辺
新奥多摩道
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