おおまとのつのてんじんじゃ
大麻止乃豆乃天神社の編集履歴
郵便番号
206ー0801
ご由緒
『延喜式神名帳』所載の武蔵国多摩郡大麻止乃豆乃天神社とある。これ本社なり。然れども、古来奉仕の社家時々変異せしため、古事旧記等散逸して鎮座の年月日等今詳ならず。中世に至り俗に円宮明神と称せし事あれども、千数百年の旧蹟尚依然なり。
此度財団法人国民精神研修財団内財団法人式内社顕彰会の研修によると、式内の大麻止乃豆乃天神社は、多摩川の右岸、稲城市大丸の部落の南はずれ多摩丘陵の中腹の石段を120段ほど登ったところに東向きに鎮座している。しかし、昔は1キロほど西にあたる瓦谷戸の天神バケというところにあったと伝えている。
大丸部落は府中から多摩川をへだてて約2キロのところにあり、谷戸川という水のきれいな小川が部落の中を流れ、静かな古村である。
当社の祭神は、大麻止乃豆乃命で、社名が祭神名から生じていることは明瞭であろう。『延喜式神名帳』の大和国の部に天香山坐櫛真知命神社というのがあるが、その下に「元名大麻等乃知神」と注している。すなわちクシマチノ命の元の名をオーマトノチ(またはツ)の神と称したのであって、この神は卜占業者たちにより崇敬されていた。一説には、天児屋根命の父神であったともいわれている。武蔵の当社(大麻止乃豆乃天神社)もかつてここに卜占を業とする者たちが部落をつくって住み、この神を祀っていたものと思われる。と顕彰していなさる。故に神威の高い神様であり、聖地であることが知れる。
昔は卜占により国を治め生活したからである。(当社由緒書き参照)
編集前:『延喜式神名帳』所載の武蔵国多摩郡大麻止乃豆乃天神社とある。これ本社なり。然れども、古来奉仕の社家時々変異せしため、古事旧記等散逸して鎮座の年月日等今詳ならず。中世に至り俗に円宮明神と称せし事あれども、千数百年の旧蹟尚依然なり。
此度財団法人国民精神研修財団内財団法人式内社顕彰会の研修によると、式内の大麻止乃豆乃天神社は、多摩川の右岸、稲城市大丸の部落の南はずれ多摩丘陵の中腹の石段を120段ほど登ったところに東向きに鎮座している。しかし、昔は1キロほど西にあたる瓦谷戸の天神バケというところにあったと伝えている。
大丸部落は府中から多摩川をへだてて約2キロのところにあり、谷戸川という水のきれいな小川が部落の中を流れ、静かな古村である。
当社の祭神は、大麻止乃豆乃命で、社名が祭神名から生じていることは明瞭であろう。『延喜式神名帳』の大和国の部に天香山坐櫛真知命神社というのがあるが、その下に「元名大麻等乃知神」と注している。すなわちクシマチノ命の元の名をオーマトノチ(またはツ)の神と称したのであって、この神は卜占業者たちにより崇敬されていた。一説には、天児屋根命の父神であったともいわれている。武蔵の当社(大麻止乃豆乃天神社)もかつてここに卜占を業とする者たちが部落をつくって住み、この神を祀っていたものと思われる。と顕彰していなさる。故に神威の高い神様であり、聖地であることが知れる。
昔は卜占により国を治め生活したからである。(当社由緒書き参照)
ご祭神/ご本尊
櫛真知命
編集前:《主》櫛真知命