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妻戀御社 稲荷神社ではいただけません
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妻戀御社 稲荷神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年05月21日(金)
参拝:2021年5月吉日
中野まで用事があり歩いたので、地図で駅近くにある神社を事前に見つけて、お参りに寄ってみました。警察病院のすぐ裏手の通り沿いです。
入口に門扉があるのですが、片側は開いていたので、そのまま中に入りお参りました。毎日どこか管理されているところが開閉に来ているのか、片側は常時開いているのか不明ですが、中は綺麗に管理された小さな神社でした。
狛犬は網の囲いがありました。
中に由緒書きなどないので、調べてみました。
↓
妻恋稲荷は、明治の初めまでこの土地に住んでいた「矢島源左衛門家」によって祀られていたもので、そのため、別名を「源左稲荷」とも言います。
現在は土地の旧家の方々が年番交代で管理している神社となっており、矢島源左衛門の一族で、信心の深かった者がこの土地を去る際、周辺の土地を人に貸し、その地代で稲荷社を管理してほしいとお願いしていったとのこと。
俗説では矢島源左衛門が亡くなった妻を偲んで妻恋稲荷を祀ったと言われていますが、文化3(1806)年に作成された「下沼袋絵図」にその位置が書かれていることから、「文化年間以前に湯島本社から妻恋神社の分霊をこの地に勧請したと思われる」とのことです。
現在初午などの神事は、沼袋氷川神社の宮司さんが執り行っているそうです。
入口に門扉があるのですが、片側は開いていたので、そのまま中に入りお参りました。毎日どこか管理されているところが開閉に来ているのか、片側は常時開いているのか不明ですが、中は綺麗に管理された小さな神社でした。
狛犬は網の囲いがありました。
中に由緒書きなどないので、調べてみました。
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妻恋稲荷は、明治の初めまでこの土地に住んでいた「矢島源左衛門家」によって祀られていたもので、そのため、別名を「源左稲荷」とも言います。
現在は土地の旧家の方々が年番交代で管理している神社となっており、矢島源左衛門の一族で、信心の深かった者がこの土地を去る際、周辺の土地を人に貸し、その地代で稲荷社を管理してほしいとお願いしていったとのこと。
俗説では矢島源左衛門が亡くなった妻を偲んで妻恋稲荷を祀ったと言われていますが、文化3(1806)年に作成された「下沼袋絵図」にその位置が書かれていることから、「文化年間以前に湯島本社から妻恋神社の分霊をこの地に勧請したと思われる」とのことです。
現在初午などの神事は、沼袋氷川神社の宮司さんが執り行っているそうです。
すてき
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しし丸1636投稿
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