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こんせんじ

金泉寺のお参りの記録(1回目)
徳島県板野駅

投稿日:2023年05月31日(水) 13時58分51秒
参拝:2023年2月吉日

【四国八十八ヶ所札所巡り③】

金泉寺(こんせんじ)は、徳島県板野郡板野町大寺字亀山下にある高野山真言宗の寺院。山号は亀光山(きこうざん)、院号は釈迦院(しゃかいん)。本尊は釈迦如来。四国八十八ヶ所3番札所。

寺伝によると、聖武天皇の勅願により行基菩薩が寺塔を建立、「金光明寺」と命名されたのが始まり。平安時代の弘仁年間(810年~824年)に弘法大師が四国巡教の際、日照りに苦しむ民のために井戸を掘り、霊水が湧いたことから寺号を「金泉寺」と改称した。『源平盛衰記』には、源義経が屋島に向かう途中で当寺に立ち寄り戦勝開運祈願をしたとの記載がある。鎌倉時代には亀山法皇が弘法大師を篤く信仰され各地の霊蹟を巡拝し当寺にもしばらく滞在した。この頃、京都の三十三間堂に倣い1000の千手観音像を祀る堂舎が建立され背後の山を「亀山」と命名し、山号も「亀光山」と改められた。以来、皇室との縁が深く、本堂裏に長慶天皇(在位1368年~1383年)の御陵がある。

当寺は、JR高徳線・板野駅の北東500mあまりの、主要道路・県道12号線から少し逸れた丘の南麓にある。2番札所の極楽寺からは道のり2.7km。境内は広いが、伽藍がコンパクトに集まっていて参拝しやすい。楼門、本堂、大師堂は重厚で大きく、鮮やかな彩色の観音堂が印象的。

今回は、四国八十八ヶ所札所であることから参拝した。参拝時は休日の午後で、まだ3番札所ということもあり、参拝者が多く訪れていた。
金泉寺の山門・神門
境内南端入口の<仁王門>。
金泉寺(徳島県)
左側の<吽形仁王像>。目力が抜群。
金泉寺(徳島県)
右側の<阿形仁王像>。
金泉寺(徳島県)
仁王門をくぐる。
金泉寺(徳島県)
仁王門をくぐると、しばらく参道が伸びる。
金泉寺(徳島県)
<ごくらくばし>を渡って本堂へ。
金泉寺(徳島県)
橋を渡った左手にある<水屋>。
金泉寺(徳島県)
水屋の裏手にある<鐘楼>。
金泉寺(徳島県)
水屋前から<本堂>方向を望む。右が<本堂>、左が<不動堂>。
金泉寺(徳島県)
<本堂>全景。
金泉寺(徳島県)
<本堂>から振り返って境内全景。
金泉寺(徳島県)
境内東端にある<大師堂>。
金泉寺(徳島県)
<大師堂>正面。
金泉寺のその他建物
<大師堂>内部。
金泉寺(徳島県)
<大師堂>から振り返って境内全景。
金泉寺(徳島県)
本堂の南方正面にある<観音堂>。八角形の特徴的な造形。
金泉寺(徳島県)
<観音堂>内部。
金泉寺(徳島県)
境内北東部にある<倶利伽羅龍王>。
金泉寺(徳島県)
倶利伽羅龍王の奥にある<弁天社>
金泉寺の地蔵
境内北東部にある<六地蔵尊>。
金泉寺(徳島県)
本堂裏手の小高い場所にある<多宝塔>。
金泉寺(徳島県)
多宝塔の右手にある<忠霊塔>。
金泉寺(徳島県)
鐘楼近くの境内西側に戻って<納経所>。御朱印はこちら。
金泉寺(徳島県)
納経所の近くにある<弁慶の力石>。弁慶が力試しに持ち上げたと言われる石。
金泉寺(徳島県)
最後に<本堂>全景。ほぼすべての伽藍が平らな場所に集まっているので廻りやすい。(^▽^)/

すてき

御朱印

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