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楽しみ方編集詳細
2023年10月29日(日) 13時45分 byささ
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えんめいじ
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浜松市北区三ヶ日町平山517-17
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浜松市北区三ヶ日町平山5171-17
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平遊山延命寺は、文禄4年(1595)、三ヶ日町の金剛寺五世、吉山宗琢和尚によって開創。本尊さまは、延命地蔵さまで、北条時頼公(出家して最明寺入道時頼と名乗った)の作と伝えられ、寺号の通り延命長寿を授けてくれるありがたいお地蔵さまです。 札所本尊の観音さまは、「万福寺観音」と呼ばれ、江戸時代末、万福寺廃寺に伴い、延命寺にお堂を移築したものである。徳川家康が三方原合戦で、三河に逃げのびる途中に、万福寺に立ち寄り一服の茶を所望。その際、万福寺住職が家康公に「当寺の観音さまは、よく願いを聞き届けてくださる霊験あらたかな観音さまであり、貴公が一心に戦勝を祈願するならば、必ず勝ち戦となり、立身出世すること必定であろう」と言うと、家康公は言われるままに戦勝を祈願し、立ち去る際、扇子に「わけのぼる 平山道は 細けれど、 未たのもしき 万福寺かな」と記し、「もし立身出世をしたこと知ったら、これを持ってたずねてきてください」と住職に言い、扇子を渡して中山峠を越え、三河へ入り、難をのがれた。その後、家康公は、関ヶ原の合戦に勝利し天下人となった。 そして、住職が、家康公の天下統一のお祝いにはせ参じると、家康公は、あの時のことを大変喜び、観音さまのお礼として、ご朱印高5石壱斗と境内2778坪を寄贈したと伝えられている。このように往古より戦勝守護、立身出世の観音さまとして信仰を集めている。
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延命地蔵、十一面観音
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平遊山
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文禄4年(1595)
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吉山宗琢和尚
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遠州三十三観音 第22番