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2023年12月31日(日) 18時43分 byひなぎく
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日蓮宗
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えんきょうじ
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寺の縁起によると、開基は鈴木弥太郎貞勝といい、日蓮上人が文永八年(1271年)法難を免がれ、依知(厚木市)の本間重連邸に護送される途中この鈴木家に休息された。その折上人から円教坊の法号を賜わり、深く上人に帰依して寺の建立を思い立ったという。開山は日範で護王姫の伝説にある上人である。 寺の後方に清水の湧き出ているところがあって、三十番神を祀る番神堂がある。これは刀工のために日蓮上人が三十番神を勧請し、地を穿つと清水が湧き出たとの言い伝えがあり、昔刀工がこの泉の水を用いて刀鍛冶を営んでいたという。現在円教寺が管理している。 山門を入った右側に、明治十年代から三十年代にわたって、平塚市四の宮に住み人形浄瑠璃の指導をしていて、座間で死亡した吉田三十郎の墓碑がある。 寺にある紺紙金泥の法華経写経一巻と鐙一双が市の重要文化財に指定されている。写経一巻は日蓮上人が法難の折、懐中に所持していたものといい、鐙は依知の本間邸へ護送される時に乗った馬の鐙だと言い伝えられている。 (座間の言い伝えより)
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久遠実成本師釈迦牟尼仏
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休息山
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遠光院
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建治元年(1275年)
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日範上人(開山)鈴木弥太郎貞勝(開基)
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・写経 紺紙金泥法華経巻子仕位 一の巻(市指定重要文化財) ・鐙 一双(市指定重要文化財)