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たわじんじゃ

多和神社の御由緒・歴史
香川県 原(高松)駅

ご祭神《主祭神》
 速秋津姫命
《相殿神》
 大鞆和気命
 帯仲津彦命
 息長帯姫命
 天照大日売命
 大雀尊
 倭建尊
創建時代不詳
ご由緒

 当社の創建は太古とありまして不詳ですが、社殿によりますと「神代のむかし、速秋津姫命が多和の郷に来たりまして、この水門は潮いと深くして我が心澄みと宣い、とどまり給う。去るに及んで土人大久支、子久支、古老に真澄の鏡を授け給いて、これを我が御魂と取り託して多和の水門を祓戸と定め、国人ここに集いて祓いせば、犯せる罪もおのずから失わせむ・また朝夕に沖行く五百船、千船を守らむと宣いき。ここにその御鏡を御霊代として多和大神と鎮めたましき。」とあり、祓いの神として現在に至っています。
 相殿については、寛平元年己酉(889)冬12月に大祝正六位讃岐朝臣春雄が神明の託宣によって前記六柱の神を勧請して多和八幡宮と称え、産土神として尊崇してきました。延喜式内社であり、元慶元年(877)には従五位のうえに叙せられました。当時の鎮座地は現在の志度寺の境内にありまして、社頭は志度寺伽藍とともに度々の荒廃があり、殊に戦国時代の文明十一年(1479)の兵火かかってからは小社でありましたが慶長十九年(1614)に当時の領主である生駒近矩により再興され、社頭も寄進されました。
 寛文十一年(1671)6月に当時の讃岐国高松藩主松平頼重が志度寺再興に際しまして。今の鎮座地に社殿を新営いたしまして遷宮されたのが現在の本殿であります。その後、明治にいたっては郷社讃岐三ノ宮として広くあがめられています。[境内由緒書きより引用]

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