のとのくにそうしゃ
能登国総社石川県 七尾駅
参拝自由
能登国の総社とされている神社です。かつての国分寺だった能登国分寺公園の南東側にあり、国府からお参りしやすい場所に立っていたことが分かります。祀っている御祭神43座は能登国の式内社の全ての合計数となっています。能登半島もかなり長く広いですから、国司も赴任して全ての神社回るのはめんどくさかったでしょうね…
《鳥居》
この左手に駐車場があります。
《石の塚》
《由緒書き》
👁チェックポイント‼️
最初は大己貴命さまが国造らの際にこちらへ立ち寄り、その際に座った石を御神体として祀って創建した節当神社があり、、源順という方が総社として合祀して再建したようです。総社は元からあった神社を総社と兼用したパターンと総社として新築したパターンの2つに分かれますが、前者でその対象に選ばれる神社は大己貴命さまが御祭神であることが結構多いです。
《手水舎》
蛇口式ですが水は流れませんでした。
《力石》
氏子さんたちが力比べのために持ち上げたり運んだりしていたものです。
《拝殿》
なんかすごい見たことのあるような建築様式なんですよね…
《扁額》🙏
神社庁にもあるように宗教法人上の正式名称は「総社」なようです。
《神紋》
桜の紋ですね。
《平べったい石》
《本殿》
覆屋の中です。
《社務所》
神社庁のページでは本務社となっていますが、御朱印などは能登生國玉比古神社でいただけるという情報があります。
《社号碑》
鳥居の少し前の交差点にあるので目印になります。
名称 | 能登国総社 |
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読み方 | のとのくにそうしゃ |
参拝時間 | 参拝自由 |
参拝にかかる時間 | 約10分 |
参拝料 | なし |
トイレ | なし |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | なし |
電話番号 | 0767-52-2848(能登生國玉比古神社) お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ご祭神 | 《主祭神》 能登国式内四十三座神 《合祀神》 建御名方神 |
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ご神体 | 大己貴命の御座石(現存しているかは不明) |
創建時代 | 崇神天皇の御代(総社としての再建は980年以降) |
創始者 | 不詳(再建は源順) |
ご由緒 | 崇神天皇の御代の創立と伝えられ、大穴持命が能登国に臨幸巡国経営の際に神恩を仰ぎ、その御座された石を神体と崇め、社殿を建立したのがその創始であると伝えられている。円融天皇のとき、源順能登の国司として下向の節当神社を再建し、能登国中の延喜式内43座の神を勧請、幣帛神田社領を奉幣寄進され能登国総社と称する。その後畠山泰国より国守守護の神社として尊敬され歳時奉幣された。古府、古城、小池川原、藤野、後畠の産土神であった。
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体験 | 御朱印札所・七福神巡り |
概要 | 総社(そうしゃ)、能登国総社(のとこくそうじゃ)は、石川県七尾市に位置する総社。 市指定有形文化財。 |
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歴史 | 歴史[編集] 史跡能登国分寺跡から800m南東の丘陵先端部に位置し、総社の東には、七尾城の天然の堀の役目を果たす大谷川が流れている。能登国四十三座の神を祀る。 総社は、平安中期から後期にかけて国司が管内の宮社の神霊を国衙に近い地に勧請し、奉幣参拝の便をはかったことに起源する。社伝によれば、往古、大穴持命を奉祀したのに始まり、源順(みなもとしたごう)が能登守のとき再建して能登国中の式内四十三座の神を勧請したという。 |
引用元情報 | 「総社 (七尾市)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%B7%8F%E7%A4%BE%20%28%E4%B8%83%E5%B0%BE%E5%B8%82%29&oldid=96134424 |
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