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あかぎじんじゃ

赤城神社の編集履歴
2024年09月14日(土)
群馬県 新伊勢崎駅

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2024年09月14日 16時44分

ご由緒

伊勢崎市宮前町の赤城神社は、人皇27代安閑天皇の御代の創立にして近傍の鎮守であり、当社末社と称するもの99社ありと伝えられる。
社家古記録によると、源頼朝草創の頃に殖木氏が修理し後村上天皇の御代 正平5年(1350)、上杉民部大輔が上野国を領した時再建された。上野国神名帳佐位郡従四位上郡玉明神がこれである。
慶長年間(1596~1614)、伊勢崎藩主稲垣右衛門長茂が修理を加え赤城神社と称し、神田を寄進した。
社地内崇光天皇の御代の観応2年(1351)11月の宝塔と後光厳天皇の御代の貞治5年(1366)11月の多宝塔、さらに後土御門天皇の御代の延徳2年(1490)の石幢があり、3つとも群馬県指定重要文化財に指定されている。
当時恒例の流鏑馬神事に用いた台石一個が参道中央にあり、地中に埋もれているが、その丈は六尺以上と言われている。
また、旧国指定重要美術品に指定されていた赤城大明神の御正体(懸仏・千手観音像)があったが、現在は以前に当社宮司を務めていた井下家(東京在住)に保管されている。
明治6年3月村社に列し、同41年3月境内末社を合祀し現在に至る。

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