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2023年05月24日(水) 16時27分 byダイコン
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桓武天皇の時代に、道奥の酋長である悪路王という者が勢力を持ち、非常に横暴でした。 天皇は怒り、将軍の坂上田村麻呂に東征を命じました。 田村麻呂は連戦で速く勝利し、海岸の高丘に建御名方之命を斎き奉り、武運長久と軍土安全を祈願しました。 その結果、戦勝し神の加護を受けたため、一つの祠を建てて神の恩恵に感謝しました。 これが江名の諏訪神社の始まりです。 その後、社殿を改築し、昭和8年8月17日に地鎮祭を行い、昭和11年5月6日に遷座祭を執り行いました。 昭和40年11月9日には参道の工事が始まり、同年12月30日に完成しました。 また、昭和41年1月30日には社務所も新築され、同年4月30日に完成しました。
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【 坂上田村麻呂の創建 】 桓武天皇の御代(737年-806年)、阿弖流為を討伐するために東征を命じられた坂上田村麻呂は、この地の海岸の高丘に憩い斎場を設け、建御名方神を祀り武運長久・醜賊掃蕩を祈願しました。 進んで適地に入り、強賊を滅ぼし蝦夷の地を平定しました。 その帰途、再びこの地を通りかかった田村麻呂は、神祐の威徳に感謝し、一祠を建てて祀りました。 これが江名の諏訪神社の始まりです。 【 本殿について 】 諏訪神社の本殿は、平成26年(2014年)5月1日にいわき市の有形文化財に指定されました。 本殿は延享2年(1745年)に建てられ、一間社流れ造りであり、一手先出組軒支輪と本繁垂木二軒、銅板葺き屋根を持っています。 欅材が多用され、板羽目と脇障子、欄間、妻飾りには彫刻が施されています。 頭貫には地紋彫があり、手挟や木鼻(頭貫先)、肘木先木鼻廻縁三方にも彫刻があります。 また、一手先出組の腰組には刎高欄が付いており、銅羽目彫刻や脇障子彫刻には家紋が彫り込まれています。 彩色や金箔の痕跡も見られ、製作年代は不明ですが、後藤流初代茂右衛門正綱のデザインに近いことから、江戸中期の創建時に近い作品と考えられています。 【 社殿の改築と参道・社務所 】 昭和8年(1933年)8月17日には社殿改築のため地鎮祭を行い、昭和11年(1936年)5月6日に遷座祭を執り行いました。 昭和40年(1965年)11月9日には参道の工事が始まり、同年12月30日に完成しました。 また、昭和41年(1966年)1月30日には社務所も新築され、同年4月30日に完成しました。
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https://www.enasuwajinja.com/
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737年-806年
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一間社流れ造り
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諏訪神社本殿 / 延享2年(1745年)…市指定有形文化財