御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

編集詳細

2024年10月10日(木) 17時54分 byyue

履歴一覧へ戻る
ご由緒
編集前
山本郡荷上場村に梅林寺と云古刹あり。

山本郡荷上場村に、梅林寺という古刹がある。延享のころ井戸を掘らせた時、地下から大きな棺を掘り出した。壊してみると、三重に覆いがしてあり、中に棺の本体があった。これも壊してみると、朱で塗り込めてあり、絹布の中に美少年がいて、生きている人が寝ているかのようである。蓋には、「羽州扇田住浅利勘兵衛則章(のりあきら)死する年十八歳、干時応仁戊子九月廿日」とあった。側に無銘の短刀がある。人々は奇異に思い、人に見せようかとしているうち、春の雪が溶けるように消失してしまった。朱を使うと、何年を経ても生きているかのように保てるという。生前は高貴な人であったのであろう。
 奥羽の秀衡の墓には大きな髑髏があったが、泉の三郎であろう。このときも短刀が出てきた。

此処に葬りしもいふかるへし。
「黒甜瑣語」
編集後
山本郡荷上場村に梅林寺と云古刹あり。

山本郡荷上場村に、梅林寺という古刹がある。延享のころ井戸を掘らせた時、地下から大きな棺を掘り出した。壊してみると、三重に覆いがしてあり、中に棺の本体があった。これも壊してみると、朱で塗り込めてあり、絹布の中に美少年がいて、生きている人が寝ているかのようである。蓋には、「羽州扇田住浅利勘兵衛則章(のりあきら)死する年十八歳、干時応仁戊子九月廿日」とあった。側に無銘の短刀がある。人々は奇異に思い、人に見せようかとしているうち、春の雪が溶けるように消失してしまった。朱を使うと、何年を経ても生きているかのように保てるという。生前は高貴な人であったのであろう。
 奥羽の秀衡の墓には大きな髑髏があったが、泉の三郎であろう。このときも短刀が出てきた。

此処に葬りしもいふかるへし。
「黒甜瑣語」
見所
Introduction
駐車場
御朱印
編集後
true
トイレ
院号
創立
創始者/開山・開基
本殿/本堂の建築様式
巡礼
編集前
秋田三十三観音霊場
第二十九番札所
編集後
秋田三十三観音霊場
第二十九番札所
行事
文化財
ご神体
YouTube