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いしばじ|臨済宗妙心寺派御都繖山(ぎょとさんざん)

石馬寺
公式滋賀県 能登川駅

拝観時間 午前9時~午後4時
月曜休観(月曜祝日の場合は翌日休観)

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おっちゃん
2023年02月14日(火)
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過去記録
平成27年(2015年)2月14日(土)滋賀県東近江を散歩
滋賀県東近江市五個荘の石馬寺に参拝

能登川駅から近江鉄道のバスに乗って石馬寺(いしばじ)へ。
バス停を降りて少し歩くと寺に上る石段に到着する。幸い、雪は止んできた。ごつごつした石段をはあはあ言って上り、拝観をお願いする。拝観料500円。ちなみに、この石段を白洲正子(白洲次郎の妻)は、「かんのん坂」と呼んだのだそうです。
まだ今日の拝観を始めたばかりの時刻(9時)なので、宝物館の鍵を開けていただきます。
いきなり閻魔大王ににらまれながら中に進むと、おお、これは!阿弥陀如来を中心に仏像がずらりと並んでいる。それも、みんな重要文化財指定を受けているものばかり。こらはなかなかの壮観。こんな田舎に(失礼!)こんなに立派な仏様がおられたとは。
こちらの仏像についてはみうらじゅんさんが絶賛していて、仏像マニアにとっての聖地らしいのだけど、確かにうなづけるところ(ちなみに私はそういうマニアではありません(笑))
阿弥陀如来座像は平安時代の作品とのことなんだけど、注目すべきはその手の親指と人差し指の間。おお!水かきがある!これは、できるだけ多くの人を救いたいというお気持ちの表れらしい。
また、大威徳明王牛上図は、そもそも水牛の上に乗っておられるのが珍しいし、なんと足が三対ある!これはすごい!
そして、役行者の像。あちこちで役行者を拝見するけど、こんなにリアルな像は見たことがないです。すばらしい。この像は鎌倉時代の代表的芸術品としてロンドンの大英博物館に出典されたことがあるとのことなんだが、なるほど納得。
いやあ、すばらしいのです。
十一面観音像は一対あって、こちはらかなりあっさりした、素朴な印象。
本堂には聖徳太子馬上像がおられ、これも仏像マニアには垂涎らしい。
小さなお庭があり、これも人気らしい。
石段を下りた先には小さな池があって、なかに石がある。この石は、聖徳太子が乗って来られた馬だったんだが、石に変わったものとのこと。そこに寺を建てたので、「石馬寺」なんですね。それにしても、これ、馬の形か?

石馬寺の建物その他
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石馬寺(滋賀県)
石馬寺(滋賀県)
石馬寺(滋賀県)
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石馬寺(滋賀県)
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歴史

今からおよそ1400年前の西暦594年、推古天皇の摂政であった聖徳太子が「霊地は近江国にある」と占い、駒の蹄に任せて永久に鎮護国家、仏法興隆を祈る道場を求めていました。
そして繖山(きぬがさやま)の麓辺りに来ると、駒は歩みを止めて進まなくなり、傍らの松の樹につないで山に登ったところ、瑞雲(※1)がたなびく風光明媚な風景が広がっていたのです。
聖徳太子は「積年の望みをこの地に得たり」と深く感動して再び山を下ると、松の樹につないだ駒が傍の池に沈んで石と化していました。
この奇瑞に大いに霊気を感じ、直ちに山を『御都繖山(ぎょとさんざん)』と名付け寺を建立し、馬が石となった寺、つまり『石馬寺(いしばじ)』と号されたのです。
その際に記された聖徳太子直筆『石馬寺』三文字の木額及び太子が駒をつないだ松の樹は本堂に安置しております。
また、石と化した『石馬』も寺に至る石段下の蓮池に現存しております。霊験として語り継がれる、石馬寺が持つ霊力・霊気をあなたの心や肌で感じて下さい。
※1 「瑞雲」 めでたい兆しとして出現する、紫色や五色の珍しい雲

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石馬寺の基本情報

住所滋賀県東近江市五個荘石馬寺町823
行き方

JR琵琶湖線 能登川駅(JR京都駅から新快速で43分)から「八日市駅行き」のバスに乗り7分、そこから徒歩20分
お車でお越しの場合、名神高速道路「八日市IC」より約30分。

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名称石馬寺
読み方いしばじ
通称馬の寺 石馬寺
参拝時間

拝観時間 午前9時~午後4時
月曜休観(月曜祝日の場合は翌日休観)

参拝にかかる時間

20分

参拝料

拝観料500円、境内自由

トイレ庫裏の横(屋外)に3つ、庫裏内に2つ
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0748-48-4823
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://ishibaji.jp/
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巡礼の詳細情報

聖徳太子霊跡

第36番

御本尊:千手観音

詳細情報

ご本尊十一面千手観世音菩薩
山号御都繖山(ぎょとさんざん)
宗旨・宗派臨済宗妙心寺派
創建時代推古2年(西暦594年)
開山・開基聖徳太子
文化財

阿弥陀如来座像(平安時代、国指定重要文化財)、
十一面観世音菩薩立像(2体)(平安時代、国指定重要文化財)
役行者大菩薩腰掛像及び前鬼・後鬼像(鎌倉時代、国指定重要文化財)
持国天立像(2体)(平安時代、国指定重要文化財)
増長天立像(平安時代、国指定重要文化財)
多聞天立像(平安時代、国指定重要文化財)
大威徳明王牛上像(平安時代、国指定重要文化財)

ご由緒

今からおよそ1400年前の西暦594年、推古天皇の摂政であった聖徳太子が「霊地は近江国にある」と占い、駒の蹄に任せて永久に鎮護国家、仏法興隆を祈る道場を求めていました。
そして繖山(きぬがさやま)の麓辺りに来ると、駒は歩みを止めて進まなくなり、傍らの松の樹につないで山に登ったところ、瑞雲(※1)がたなびく風光明媚な風景が広がっていたのです。
聖徳太子は「積年の望みをこの地に得たり」と深く感動して再び山を下ると、松の樹につないだ駒が傍の池に沈んで石と化していました。
この奇瑞に大いに霊気を感じ、直ちに山を『御都繖山(ぎょとさんざん)』と名付け寺を建立し、馬が石となった寺、つまり『石馬寺(いしばじ)』と号されたのです。
その際に記された聖徳太子直筆『石馬寺』三文字の木額及び太子が駒をつないだ松の樹は本堂に安置しております。
また、石と化した『石馬』も寺に至る石段下の蓮池に現存しております。霊験として語り継がれる、石馬寺が持つ霊力・霊気をあなたの心や肌で感じて下さい。
※1 「瑞雲」 めでたい兆しとして出現する、紫色や五色の珍しい雲

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